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いー そーぐゎち でーびる
5時。勤行の際、お節の代わりにお抹茶をお供えしました。
まずは一服所望いたす

里の元旦祭に向かいます。

道路は相変わらずスカスカだったし、朝ごはんももう終わっていたから、気楽。


ビンボー生活なので、今年のお年玉は、母には本をプレゼントいたしました。
『ニューヨークで見かけた、60歳から100歳までの生き生きしたご婦人方』の写真集。


母はよくみんなに「娘が着なくなったから、勿体なくて娘のお古を着ています」とか言ってるの。
赤いスーツとかは実際にそうなんだけど、露出の多いフリフリものや透け透けものや編みタイツは、「ゴメン、こりゃ、なんぼなんでも、よう着ません」と受け取らなかったものまで全部。

娘を言い訳に使わず、自分の主張として正々堂々と身につけて欲しいのよね。
それに、母は、「年寄りは他人に迷惑を掛けるし、汚い。自分は年をとりたくない」と、若さに執着してる。

ステキに年齢を重ねるお年寄りもたくさんいるし、それは尊敬に価することだって気づいてくれたかな~。


翌二日は、はてるま父母といじゃーくんと清水寺へ初詣。

端井のみんなは正月出勤があるから、今年は初めてのパスです。


車の中で義父用に軍歌を流していたら、「沖縄バンドで軍歌を演奏したら、みんな涙を流して喜ぶのに」と、父興奮(笑)

確かに軍歌はみんなが知っている。
でも、涙の理由はそれぞれ。
壊滅的ダメージを受けた沖縄の焦土と、それを見越していた日本とのそれぞれの立場を想像すると、レパートリーに加えるのは、さとこにはちょっと無理だなあ。

義父や、施設のご利用者様が唄いたいとのことなら、喜んでバック演奏の練習はいたしますが。
でも、やっぱし、軍歌は吹奏楽と男性合唱だよね~。


はてるまに帰ると、わたしの部屋には義父のカセットテープが持ち込んであった。
ヤッター!

どうやら活用してくれているみたいだぞ。

義父が遠慮なく出入りできるよう、わたしの私物は早急にとおるちゃんの部屋に移したい。
そしたら、今度は、壁一面を父の撮した写真のギャラリーにできるといいなー。


お寺へのお礼参りの時に、義母が「盆までにさとこに戒名をつけてやってください。そしたら、もちっと元気になるんじゃないかと思うんです」と切り出してくれた。

方丈さんは、「こりゃ悩んで痩せるなあ」と頭を掻きながら、『皓』か『皎』か『朋』の字をいれたらどうかなと提案してくださった。
皎や皓は、わたしにはあまりにも凛と清らかで眩し過ぎて、かけ離れて畏れ多い気がする。
朋なら、共に喜びや悲しみを分かち合い、みんなに支えてもらって生き長らえている自分にも合うかもしれないね。

戒名が決まれば、一生をはてるまに捧げる覚悟も生まれるかもしれない。

新しい年は、こうして始まりました。
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[2014/01/03 15:11] | ・今(なま)ぬあたす。 | page top
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