湯原温泉へ家族旅行に行けちゃった!後半。
今回の旅行、はてるまにはナイショなんですよ。

里の母が
「あちらさんにわざわざ話す必要ないでしょう」


そりゃまそうですが。

「お兄さんたち、今度はいつ帰って来なる?」とか
「お母さんはどうしとりなさる?」とかしょっちゅう様子を聞かれるのに、

触れないようしたり口を濁したりが大変なんだよ!


黙っていると
あとでなんかのきっかけで話題になって

「なんで言わんの」って軽く責められるしさあ。


ヨメって、日本全国、こんなもんなんかな?



さて、消灯後、合宿部屋でおとなしくしていたさとこですが、

普段からお布団とは無縁だし、

廊下側のかどっこに居させてもらっても息苦しかったりするもんで


母がトイレに起きたのを機に
深夜のお風呂に出掛けました。


誰も居なーい。

花泉ホームページ5
(こちらも旅館の公式ホームページから)


涼みながら
あっちポチャリ、こっちポチャリと水遊びしてたら
程なく、母もやってきて

声を潜めて再び撮影会。


中庭にはハラハラと夜桜が舞い散り、
まことに結構な風情にございます。


連れてきてもらえて、ほんと、良かったね、母。





花泉あさごはん

さて、朝ご飯も、こんなにゴージャスでございます。

焼き物

湯豆腐

この、お味噌汁がね、半端ない量と具材の数でして⤵
  
お味噌汁、一人一釜

お味噌汁だけで、さとこ1日3食間に合いますし、

一人分のおかずで1週間暮らせるぐらいある。


兄なんか、ご飯3杯ぐらいお代わりしてたん違うかな。


贅沢の極みにございます。




食後は売店でお土産物色。


温泉街のあちこちで見かける、
この鯉のぼりならぬハンザキのぼりが

さとこ、とっても欲しかったのですが

はんざきのぼり

カラフルハンザキちゃん


旅館の売店のおじさんに尋ねましたら
「あれは観光協会から配布されたもので」

残念!

代わりに、ハンザキ手拭い買いました。

はんざき ティサージ

はんざきはオオサンショウウオのことです。


チェックアウトまでは、
ちょっと温くなったショートケーキを
みんなで回し食べするティータイム。


ひとさじ掬っては次のヒトへ。

テレビのターンテーブル持って来ればよかったわ。


今回、甥1号と久々に話ができたのが
とてもうれしかったですね。


甥1号・2号とも、
とても穏かでゆったりした口調。


さとこの精神状態がよろしくない時期が続いていたころに
甥1号は独立して、その後、結婚して

兄たちとは活動圏が違うために、一緒に帰省することも難しくなってました。


たまに里に帰ってきても、
集まれば、おばあちゃんの将来の生活の問題が優先になってしまうから、
あんまり会話する機会がなかったけど、

こんなふうに、
障りのない話題や冗談を交わしながら、
お互いの居場所を確認する何気なさが

とても居心地いい。





チェックアウトしたあとは、
はんざきセンターへ向かいます。

はんざきセンター


ジオラマや化石のレプリカなんかもありました。


特別天然記念物「オオサンショウウオ」、体が半分にさけても(はんざきになっても)生きていると伝えられることから、ハンザキって呼び名がついてますが
ねちょねちょしてカワイイです。


生体・液浸標本・骨格標本を存分に眺め、

木彫りの動物たちがたくさんいるお庭も散策。


あいにくの雨風で肌寒い朝でしたが

みみずくさんとカタツムリさん

ミミズクさんの後頭部にくっついてるカタツムリさんは
生き生きしてますね。


川の中の露天風呂『砂湯』に向かう頃になると、日が射してきましたよ。


こんな看板が、駐車場や道路のあちこちにあるから、甥2号、記念撮影。
  ↓
楽園の看板

よほどパラダイス気分になれる場所らしい。


河原の無料駐車場車を停め、
ダムへと向かうと、

ありましたありました。

昔も今も変わらない風景。
  ↓
湯原温泉砂湯ホームページより
(砂湯のホームページ画像でありまして、さとこ盗撮ではございません)


川底から砂を噴きながら温泉が湧いていることから、砂噴き湯(砂湯)と呼ばれるこの露天風呂、

地元住民により日々管理され、しかも無料開放という町の取り組みに感服です。


母、初めて来たらしく、これまた大はしゃぎ。


花びらのようにピンクに染まった全裸のおじさんたちがお湯と戯れる新緑の旭川を背景に
さとこに向かい、「あんた、ちょっとそこ立って」


嫌だわよ!

母が小躍りしながらスマホを向けるのを押さえるのに、必死のさとこです。


母 「こんな距離なんだから、写ってもなにがなんだかわかんないわよう」


ダメダメダメダメ!

なんぼ関係ない場所を撮っていても
たまたま手が当たるってことだってあるんだから。


旅館にあった『 砂湯の湯浴み指南』に目を通してないのか!?

「あの場所で携帯を操作すること自体が疑いを招きます。李下に冠を正さずとご承知下さい。」
って書いてあったでしょ!
 

代わりに、無邪気過ぎる母で遊んでみることにした。


さとこ 「母、その看板と一緒に写りたい?」

母、ウキウキした足取りでフレームに収まる。
 「ここ?ここでいいの~?♫」

無垢な心


…母よ。
そこに立つことにためらいはないのか?


あー。

はてるま父にも
この写真見せたいっ。

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[2017/06/28 04:12] | ・旅行小(プチ旅行)。 | page top
湯原温泉へ家族旅行に行けちゃった!前半。
大型連休のときのこと。


里の母が兄一家から湯原温泉(ゆばらおんせん)一泊旅行に誘われ、
母、さとこに「あんたも来ん?」というので、
思い切って参加させてもらうことにした。


一年前の甥1号の結婚式のとき

大都会広島市に行くことが不安なあまり、
前日からの宿泊列席を断ったこと、

後悔の欠片が心の隅に転がっている。


兄夫婦はさとこがパニックになる因子について
よく理解してくれているので
今回ついていくのはチャンスかも。


兄 「母とお前と3人一緒に
いつまで出かけられるか、わからんしなあ」

うん。
さとこも、そんな機会はもうないと思ってたけどね、兄ちゃん。


湯原温泉は、岡山県の閑静な渓谷の落ち着いた湯街の風情だから

ぱにー二ィもパソコンでいろいろ調べて
「ここなら大丈夫だろう。」


岡山県真庭市湯原温泉。


とおるちゃんと結婚した翌年の平成15年頃、

とおるちゃん一家が岐阜に帰郷する途中、
全員で泊まったことがある。


自分の存在の記録を消したくて日記を全部捨てちゃったから、
記憶がごっちゃごちゃだけど

次に、とおるちゃんと二人で来たのは、
平成18年だったかな。


湯原温泉は、
ダムの真下にあって、
台風とかの影響を受けやすい土地。


こん時は
大雨に伴う湯原ダムの緊急放流があった後だったから

露天風呂が冠水し、
脱衣所の小屋も流され
河原の露天風呂は岩がごろごろの泥水状態になっていて

ショックだった。


泉源も水没してしまい
観光協会や商工会・旅館組合などの関係者さんやたくさんの住民が、復旧作業に当たったそうだ。


今はどうなっているのかな。





出発当日。


京都に住む兄一家がお昼に帰ってきて

里の母を乗せて
父と祖母のお墓参りをして
さとこを拾ってくれる流れ。


13時出発ぐらいになるのかな?

さとこは、
ケーキを買って、巣で待機です。


里の母、午前中は連合会の教会に行くって聞いてましたが
15時近くなってもまだ帰ってこない。


しかも、45リットルだか70リットルだかのごみ袋一杯の筍がどーんと届いたということで、
急遽、あく抜き作業が必要になったため
出発時間はさらにずれ込み

温泉旅館『松の家 花泉』に到着したのは
18時半でございました。


こちら、

17種類のお風呂があり
源泉かけ流し以外は
24時間入り放題という、スバラシイ旅館。


さとこが今回の家族旅行に行かれるかもと思ったのは
これが決め手になったから。

もしパニックになっても
どっか、落ち着くまで水没していられる場所があるに違いない。


ネギ社での出荷のお仕事を始めてからは、カッティングはきっぱり卒業したから
体のあちこちにこさえていた縞模様も
もうほとんどわからないはず。

「入れ墨の方ご遠慮ください」の看板だって、平気だもーん。
エッヘン。





大浴場は22時に男女入替となるから
まずは、夕食前に露天風呂へ、ということになった。


男子チームは『花くらべ』と、源泉かけ流しの『露隠』、

女子チームは『露くらべ』です。


義姉は関節リウマチだから、歩くの大変だし

足元不安定で目が悪いくせにやたらテンション高い母は、
さとこが見守っていないと
湯船にぽっかり浮かんで旅館さんに迷惑をかけることになりかねない。


てなわけで、
さとこ、久々に、共同浴場入ります!


松の家花泉さんの公式ホームページからお借りした
『露くらべ』の写真たち。

花泉ホームページ1

花泉ホームページ2

花泉ホームページ4


他にも、一人用の釜風呂と桶風呂がございます。


女子風呂は、なんと、他には誰もおられず
母・義姉・さとこ3人の貸し切り状態。


案の定、大はしゃぎの母、「ちょっとー。素敵ねえ。お母さん、カメラ持ってきちゃいけん?」


ほんなら、よその人が居られん今のうちに急げ急げ、てなわけで、

母のスマホを持ってきて

母が湯船でミズスマシになっている写真を撮りまくる。


由美かおるモードに突入中の母の、
特選入浴シーン写真集、
帰ってから作って参加者全員に配ろうかな




さて、撮影は順調に終わり
満足した怪しい3人グループは、男子チームと無事に合流。


兄と甥1号はとっくに上がり
甥2号が部屋の鍵を持って待っててくれてました。


そこら中にかわいいものが飾ってあるので
母はあっちきょろきょろ、こっちきょろきょろ。


エレベーターホールの石庭のうさぎさんも、連れて帰りたいサイズです。

エレベーターホール

みんなでお食事処に向かうと
仕切られて個室になった一角に案内してもらえました。


本日のお夕食は
厳選黒毛和牛ステーキ+すき焼き+ローストビーフ会席でございます。


さとこブログにこんなゴージャスなお料理が登場することは滅多にないので
でっか写真で
ガンガン記録するの巻。

先附

お造り

すき焼き

ローストビーフ

しんじょ

和牛ステーキ

メイン

デザート


さとこがいただけない分は
働き盛りのみんながキレイに完食してくれました。


大満足!
持ってきたケーキが入る余裕は全くありません!





14帖のお部屋に帰ってみると
お布団ぎっしりの合宿みたいな風景になってました。


宗教画の天使みたいに、左右対称の姿で轟沈している兄夫婦。お疲れちゃん。
 ↓
お疲れさんな兄夫婦


死体化している兄。

死んだように寝る


そんでも、
22時を回ると蘇って

男女入替になったお風呂に
元気に出かけていきました。


源泉かけ流しの『露隠』のホームページ画像がこちら。

花泉ホームページ源泉かけ流し
  
このモデルさんは、さとこの母ではありませんから。↑





車の音も人の話し声もほとんど聞こえない。

虫さんとカジカガエルとせせらぎの音楽だけ。


いいところです。


みんな、さとこが音に弱いことを知っているので
テレビもつけずにいてくれているけれど
観たい番組あったんじゃないのかな。

ありがとうね。


後半に続きます。

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[2017/06/25 03:53] | ・旅行小(プチ旅行)。 | page top
ヤス伯父さん、ありがとうございました。
はてるま父の従兄、『ヤス伯父さん』95歳が亡くなった。


とおるちゃんが死んだとき、
ヤス伯父さんは

七日法要の席でも
四十九日の席でも

おうちにお邪魔した時も

さとこに向かって


「とおるはもう居らんし
あんたらには子供も居らん

こっから先、すべてあんたの人生だ

はてるまの家に縛られることはない

あんたの気持ちは
誰が反対しても
わしが守るから

さとこさんの好きなようにしなさいよ」


田舎の古い考え方の中には珍しく
伯父さんが繰り返しそんなことを言ってくださるもんで、


さとこの里の母側は大賛成し

多数派のはてるま側の人々は

「もー、おじさんったら酔いに任せて余計なことを言う」と
若干困った表情だったと記憶している。


当のさとこは

とおるちゃんの側にすぐに連れてってもらわなくちゃと焦っていて
それどころではなく


四十九日に
とおるちゃんが一人じゃぶじゃぶと三途の川を渡ってしまってからは

後追い3年計画の準備に忙しく


「はい、わたしはとおるさんのお墓に入りたいんです♡」と
ヤンワリかわすだけだったけど


とても感謝している。


何となく
いざとなればヤス伯父さんがいてくれる、みたいな
心の拠り所になっていたからね。


ヤス伯父さんのおうちは、はてるま父の薬を受け取る薬局のすぐ近くにあるから

お元気かなあといつも思いながら

はてるま父母と行くには話題がマズいし
ほかに訪ねる理由もなく。


日本酒が大好きで

宴会となれば
みんなが帰ったあとも一番最後まで呑んでいて
奥さんを困らせていた。


大戦中は
通信部に配属され

特攻機の出動を見守っていたことや
シベリアに抑留されていた時のことや


「わしは、死んでいったあいつらの分、100歳まで生きる」が口癖だった
伯父さんのお話が聞けないのは
かなり残念。


亡くなる日と、その前日の危篤の日、
はてるまの廊下のセンサーライトがずっと点いたり消えたり騒がしかったそうで


とおるちゃんが知らせたのか
伯父さん来てたのか


とおるちゃん、ヤス伯父さんと久々にお話できるよ。





訃報を受けてから

はてるま母はすぐに式典の準備や打ち合わせのお手伝いに行っていたけれど


さとこ、とおるちゃん以来、葬送の場は苦手で
取り乱したり
過呼吸になったり


でも、さすがに今回は避けられない。


かなり不安だったけど

出棺前のお別れのとき
伯母さんが

「おじいさん、いっつも財布はどこだーって騒いでたから、
はい、これ持って行きなさい」とか
「いつもより男前に仕上がっちょりますけん、
顔見てやってくださいよ」とか

真顔で言うもんだから

気持ちが和んだ。


伯父さんのおうちは、黄檗宗。


さとこは黄檗宗と全く接点がなかったのですが

初めて聴きましたが
まるで歌のようなお経です。


住職さんから、戒名の説明を聞く。


『永』は、長寿を全うされた方にしか授けられない尊い字でございます

翁や媼は、よいお年寄りさんにしか与えられない字でございます

『信』は、いつも自分の信じた道を進んでこられた方だから
これからも、信念を持って歩まれますように


ああ。とっても覚えやすい。


戒名は、仏教の戒律を授けた時に与える名前で仏の弟子になった事を示し、
もともとは生前に授かるものらしい。


さとこは
早く戒名を作ってもらって、
位牌と戒名板のとおるちゃんの隣に並びたいんだけど、

方丈さんから「まだ先でいいんじゃないか」と言われて延ばし延ばしに。


たしかに、仏教に帰依した人の証としてってことになると

お酒をよく飲み、おネギやニラをぱくぱ頂いて心乱れている不逞の輩さとこなんかには
ちょっと無理かなあ。


とおるちゃんも、戒名で呼んであげたことないけど、

ほんとは戒名の方が
修行気分がアップしていいのかもしれませんね。





別れの儀が終了した時にも

「今から、当主と住職は一緒にお茶をいただきますが
これは、かつて土葬だった時代には
死者の枕元に膳を供え、死者の霊がめしの中に宿り復活することを念じて共に頂いていたことの名残なのですよ

そして、
この枕元の一膳飯は、中身のご飯を取り出してお棺の中に一緒に入れて
お弁当にして持たせてあげましょう」


参列のみんなにも、
湯呑みのお茶がお盆から手渡された。

伯父さんの霊が復活しますように。


とおるちゃんの時、

里の母が部屋の隅にさとこを呼んで
「ちょっと、さとこ、茶托をつけないなんて非常識ですよ。なんで用意しないの」

そんなこと今言われても、とパニックになったさとこでしたが

こちらでも茶托がなかったので
この地方の葬送セレモニーには必要ないことがわかり

7年8カ月が経とうとしている今、ようやく安心した次第です。




ヤス伯父さん、ずっと在宅生活で

体調が悪くなって手術を受けて
成功はしたけど
その後、容態が悪化したって

95歳の体力でも手術を受けるってすごいけど
なんの手術?と思いながら

出棺に同行する。


火葬場は


…やっぱりつらいね。


でも、そのあとの葬儀式・告別式と初七日の時にも

心がホッとするお話を聴きました。


「死んだからといっても
今までと変わりません

台所の窓から覗いている親と一緒なのです

みんな、元気でたのしくやっておるかなと、
側で見守ってくださるのです。」


「これから四十九日までの、七日ごとに手を合わせますが
初七日は、ご家族の負担を減らすために、葬儀に続けて本日執り行いました。

これからの七週間、
わざわざ決まった場所で拝む必要はありません。

どこにいても故人を思い出して

みなさま、よい七週間を過ごされますように。」


ああ、すがすがしいですね。




なんと、義母、さとこまで七日法要の席の人数に入れており、
初めて自己紹介する人もいるような場に混じってしまった居心地悪さを感じつつ。


ヤス伯父さんの7人の子供が一堂に会するのは
十何年ぶりだそうで

ちょっとしたパーティーの盛り上がりでした。


ヤスおじさん、みんなが賑やかにしてるの
嬉しかったんじゃないのかなあ。


喪主の長男さんが
遺影に日本酒をなみなみと注いだコップを「ほい、じいさん、シッカリ飲みなさいよ」って。


喪主さんってほんと、大変だと思う。


長男を早くに亡くしたはてるま父母、もちろん傷心だけど

お母さん大好きのとおるちゃんの立場にしてみれば

お母さんを見送るという辛さを乗り越えなくてもよくてラッキーだったんじゃないかと思いたい。


残された方が
本人より辛いことが多いからね。


それにしても、
黄檗宗、いいなあ。


はてるまの家の曹洞宗は、
「死んだら無になる」と言われちゃって

どこに救いを求めたらいいの?って感じだし


沖縄の先祖崇拝の宗教観が一番近いかなと
今まで思っていたけれど、

さとこにしっくり合う気がする黄檗宗、
ちょっといろいろ知りたくなってまいりました。


ありがとうございます、ヤス伯父さん。

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[2017/06/16 04:22] | ・今(なま)ぬあたす。 | page top
この頃、ビックリ多し!
ある日のさとこです。


さっき起きて時計を見て
「おっ。そろそろ5時か」と思って、あるけあるけの準備をはじめたら

あらっ。
もう9時になった!?

び、ビックリ。


実は

5時前と思ったのは、まだ、夜11時25分の勘違いで、

誤→5時前。誤 正 →5時前。正 (2)


9時前と思ったのは、11時45分の読み違えだったのでした。

誤→9時前。誤 正→9時前。正 (2)




また、ある日は、

父と祖母のお墓でご祈念していたら、

今まで、50年間暗記していた詞が、
どうしても途中から思い出せなくなり、

中断して帰宅。


そして、二十歳で金融機関に入社して以来、
30年以上、無意識にできていた、紙幣数えの手さばきも

突然できなくなっていて、


指をどう使って挟むかとか、
お札を広げる時の流れとコツが
全く思い出せない。


こりゃ、認知症外来に行かないといけないんじゃないか?


ぱにー二ィに相談したら、

「そりゃ、お兄さんに相談しなさい。でも、とりあえずは毎日おさらいすることだな。」


とおるちゃんが死んじゃってからは、
般若心経を覚えて毎朝唱えていたのですが、

般若心経は一旦やめて、
小さい時から馴れ親しんでいる拝詞のほうを、
車中とか朝勤行のときに読み上げるようにしました。


紙幣数えについても

さとこのお財布には、数えないといけないほどの札束は常駐していないので

ぱにー二ィが毎日スロットや競馬で稼いできては、
さとこんとこに持ってきて、
繰り返し数えさせる。


こうかな?
いや、こうだったか?

上下・表裏を替えながら、何度も練習です。


そうこうするうち、
数日後、また、技術習得の記憶回路が繋がったように
急に手が思い出しました。


さとこの頭ン中、
なんだか、
「ニューロンネットワークの情報伝達、電気工事中ですよ~」みたいになっとったんかな。

シナプス
(これはKOMPAS 慶應義塾大学病院 医療・健康情報サイトから拝借しましたです ↑)


やー。
焦った焦った。


時計の針の読み方も、おさらいしなくっちゃ。





ハウスクリーニングが仕上がったので、

公民館活動の印刷物配りをして回ったら、
引き換えに、
嬉しいいただきものが。


会長さんの畑で穫れた新玉ねぎと、

なんと、シショーお手製の、出来立ての筍の煮しめ。
しかも、最も美味しいと言われる、穂先の部分ばっかり。

筍旨煮

わーい。ご褒美だあ。


早速、その足で、
○○ドナルドの税込み100円バーガーを購入しに
ドライブスルーに連れてってもらいました。


会長さんちの新玉ねぎをスライスし、

セロリ・きゅうり・ハンダマ・トマト・レタスも。

挟むお野菜をあれこれ並べて、
自分好みにカスタマイズいたしましょう。

筍・新玉パーティー

レリッシュの瓶詰も開封して

100円バーガー、お野菜盛り盛りバーガーにグレードアップです。


シショーの筍、
もしかして、
今まで食べた中でダントツの一位じゃないかっていうぐらい
美味しかったです。



「初物七十五日」って、初物を食べると寿命が75日のびるというけれど、
さとこの場合、
脳ミソの寿命がついていかないので

あんまり初物いただきすぎないように、気をつけなくてはいけませんね。

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[2017/06/07 22:52] | ・今(なま)ぬあたす。 | page top
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