今朝は5時から活動開始。
ずっと気になっていたとおるちゃんのお供えコーナー模様替えも済ませ、少し気持ちが落ち着く。 わらびを大興さんと里の母用に分ける。 3斤袋、ここでも大活躍。 定番メニュー、わらびの漬物も作りました。 このところ毎日、里から持ち帰った食材や、はてるまからの春の味覚などをせっせと料理しては、とおるちゃんにお供えし、里の母とぱにーニィにお裾分け。 里に持っていけば、物々交換でとおるちゃんのお供えとぱにーニィへの分を加算してお持ちかえり。 お料理と食材が行き来しております。 ぱにーニィのダイエット計画で一汁一菜を基本にするはずが、こうやって食べ物が流通し、なんだかんだで、毎日品数の極めて多い定食が生まれているわけでございますよ。 食べ物は全て命。わたしは絶対粗末にはできない。 くみちゅちぶん てぃんからぁ ちゅたーらなてぃみゆん (米一粒 天からぁ 一俵なてぃ見ゆん) 一粒の米でも天からは一俵の米俵に見える どんなに少なくても 決して食べ物を粗末にしてはならない と、ぱにーニィ崇拝する、ひーじゃーのシルー先生も言っておられましたですし。 外食のときは、みんなに助けてもらうか、コッソリ持ち帰る。 それができない時は、なんとか完食して、後で嘔吐するか夜通し苦しむか(シルーさまは吐いても可とはのたまっておられませんが)。 久々に体重を測り、びっくり。38.9kg。 置き場がないから、買い置きのノンアルコールカクテルやチューハイ、ラミーチョコレート、パウチのエネルギーゼリーなどをひたすら消化し続けているため。 もしかして過食症になりはじめ? 母が退院して以来、歩くことはほとんどないしね。 身体があるだけでこんなに地獄。 一分だって耐えられないよーん。 今日も里へ行き、山椒を摘み、母の運転手を務める。 郵便局へ行き、ハウジングセンターで野菜の苗を買い、ショッピングセンターで化粧品と肌着と食品を買う。 帰宅が遅くなったから、洗髪は翌日に延期。 母は自分で洗ってみると言うけど、まだ顔は濡らせないし、退院後1ヶ月の受診で、ドクターにオッケーもらうまでは我慢しようね。 ちゃんたんは、夕方になると「あおん。」と一声鳴く。 それが毎日なので、不思議に思ってた。 母がこっそり観察。どうやら、ガレージのガラス戸に映る自分に何やら訴えているらしい。 ご飯の催促かな?ようわからんけど、可愛いおばぁです。 明るいうちに里を出発できたから、ぱにーニィに頼んで、大興坊っちゃんお勧めの借家を下見。 ドラッグストアで日用品買い出し。 最近は、持ち込みのお仕事のお手伝いがきないから、わたしのヘルパー支援のお礼に、ぱにーニィも一緒に夕飯を食べている。 今日は『麦とろあじくん定食』 ![]() ・麦とろ ・酸辣湯 ・あじくんの塩焼き ・菜花お浸し ・蕨と人参の漬物 ・里の母が作ってくれた おから、お好み焼き やっぱし、一汁一菜は無理やっさ~
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朝から雨。
玄関を開けてみたものの、足がすくんで踏み出せず。 里へ電話すると、母はダイジョブだから休めと言ってくれ、一安心。 はてるまの母にもらっていたわらびの灰汁抜きを済ませて、眠剤を服用。 ひたすら眠る。 途中、トイレに起きたら洗濯物が干してある。 覚えてないけど、干したのは、わたしなんだろう。 あじの乾物がパックに小分けしてある。 里に持っていくつもりだったのかな。 あいっ?床にも落ちてる。 …覚えてない。 わたし、やっぱし二人いる(笑)? 夢がリアルなので、二つの世界を彷徨っている感じ。 二人いるならいるで、ちょうどいいや。 電話のコール音に気づいて出る。 千里さんだ。 「もう玄関にきちょーで」と。 んじ? 会話したのも覚えてない。 巣箱からノソノソ這い出し、出迎える。 初盆にご焼香に伺ったときは出勤中だったから、お会いしたのはお母さまの告別式以来。 最近、巣の近くに勤めだしたとのこと。 昨日はさとこ号が止まってたから、覗いてくださったの。 ずっと気になっていた、告別式でのわたしの粗相について聞いてみた。 「はあ?」と千里さん。どうやら、何もなかったみたい。 …安堵。 告別式で、わたしの受付対応から千里親子が不機嫌になっていると感じたのは、その頃、親子仲がギクシャクしていたから。 わたしが原因というわけではなかったんだそうです。 当然、お互いの悩みを話す場ではないし、わたしも文章でないと言葉がでないから、その後お逢いするきっかけもなくてそれきりになっていたけど、話せて良かった。 誤解から理解へ。 お互いに心配し合う関係が回復しました。 わたしは言霊を信じてる。 声に出した言葉は力を持って、現実のできごとに影響を与え、自分の意志をはっきりと声に出して言うことが、心の在り様によって結果の良し悪しを左右する。 誰かをよろこばせる。誰かを苦しめる。 誰かをがんじがらめにする。 そして自分自身に対しても。 言葉の扱いはわたしには手に余る。 うっかり口をついて出た言葉をあとで後悔するから、人と会うのが怖いんだね。 その点、blogはでーじ便利やっさー。 名前を明かさず、無責任に本心が言えるから、あんまり落ち込まずに居られるし、小爆発で乗りきれる。 みんなが始めるはずだー。 納得 ![]()
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編集のぱにーニィさんから指摘あり「さとやん、お料理blogみたいになってるよ」
やさやさ。 最近、わたしも気になってはいたの。 でもさあ、うつ病人生の何が明るい話題かって、食べ物か動物につきるへん? だって、木の芽時だから木の芽三昧だし。 みなさまから頂戴した、心尽くしのお料理は、感謝を持って紹介したいし。 わたしも、とおるちゃんをこんだけ愛してるのさってトコ、見せびらかしたいし(笑)。 それに、編集さん御自ら、いろんなクワッチーを買ってきては、さとこをせっせと餌付けしておられるではありませんか! 「おら、とおる、供えてやるがな。食ったか?もう食ったな。ヨシ、じゃあ、ワンが食べるぞ」とかやってるし。 それは間違ってますよ、島袋さん。(←沖縄テレビゆがふぅふぅの『つぶやぎシルー』にお約束のコメント。是非観てくみそ~れ~) ぱにーニィの無謀且つ壮大なケアプランを思い出してみて。 長期目標『夢と希望のある、モテモテな老後を迎える』 短期目標『噛んで食べることを覚える』 このぱにーニィダイエット支援計画にそっての定食開始だはずよ。 だから、カテゴリを付け加えればよいのではとさとこは提案します。 『あまりやる気の感じられないダイエット奮闘記』若しくは『愛妻ウサンデー徒然』あるいは『高齢者配食支援サービス』はたまた『やまとんちゅのうちなーご飯』。 あい、まーからやー、まーまでぃやー? 仕分けがでーじやっさー ![]()
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感情失禁の果ての暴呑暴食。大出血と大嘔吐。勢いに乗じ、カッティング。
結局、夕べはそんな状態で、四つん這いで部屋に戻り、気を失いました。 7時に気がつき、出血量が心配だから、あちこちにぶつかりながらトイレへ。 リハビリパンツと夜用スーパーで横モレなし ![]() 最近の生理用品の技術革新はすごいね~ むぎごはん&おかずセット、昨日冷凍しておいたケーキを持って、里へ。 おや?道が静かだ。 あ、昨日が投票日だったんだっけ。 わたしの在住する郡は選挙がなかったから気づかなかった。 安堵。 郵便局へ行って、父と祖母のお墓に立ち寄る。 母が徒歩で行くには遠すぎるから、思いついた時には一緒にお参りしようね。 業務スーパーで、沖縄バンドの太鼓担当、報柄(ふがら)氏の新妻とお姑さんに偶然出会い、暫く立ち話。 里に戻ると、台所の給湯器で母の洗髪。 しまった! 昨夜、チョチョイとカッティングしちまった部分が露出してる。ばれちゃうかも。 でもほら、献血で悪い血を抜くと元気になるって言うじゃん。それと一緒、一緒。 断じてエムではございませんがね。 美容院みたく母の目の上にタオルを載せて事なきを得ました。 クスクスっ ![]() わたしったら策士。 お風呂場を掃除していたら、帰宅ラッシュを心配した母が早く帰れと急かす。 山椒摘みは止めて、帰り道の半蔵自動車でお支払を済ませ、これまた安堵。 コシアブラの味噌マヨネーズ和えを作っておられたから、つまみ食い。にゃぐにゃぐ。うまうま。 今夜は母がカレーを持たせてくれたから、ぱにーニィを誘ってお夕飯。 ![]() お品書き ・大豆とむかごとピーマンのカレー ・麦とろ ・盛り合わせ(里芋、筍、蒟蒻、秋刀魚あられ、菜花お浸し) ・わらびの漬物 ・ドラゴンフルーツ 自治会に所属しないアパート住人同士のように無関係な組み合わせ。 でも、どれもま~さ~しぇ~ ![]()
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88といえば米寿。トーカチでございますよ!
沖縄では、お米の山に、竹を斜めに切った竹筒を指してお祝いにきてくださった方にお土産として渡していたんだそう。 旧暦の八月八日に行うのですと。 昨年、風が生まれる島でも、わたしが御願の相談をさせていただいている方のお姑さんがトーカチで、姉妹や友人の弥生さんにも動員がかかり、盛大に準備されてました。 ![]() 「米寿では、お祝いする方が女性なら糸巻き、男性なら升、というのが定番です。 それぞれ竹で作られています。 男性用の升は、米を計ったり、すり切ったりする道具で米に関連していますが、女性用は糸巻き…なんでかな?糸を巻くように年齢を重ねていく、という意味でしょうか? 竹でできた糸巻きを90本あまり削ったり色つけしたりしています。 私は、手ぬぐい100枚に押すスタンプ(鶴亀や松竹梅)を彫っています。 米寿のお祝いの記念品ですが、今回は、書の達人の直筆でありがた~い言葉が書かれているシダティ(手ぬぐい)を予定しています。 そのシダティに、カラフルな鶴亀や松竹梅の判子を押して、紅型チックな雰囲気を出そうと思っていますが、そのハンコを私が消しゴムで作っている最中でして…。私とねーねーがタッグを組むと、ついついこだわっちゃうんですよね~。 今回は、梅を2種類2色でいく予定。 可愛いデザインになりそうです。 ちなみに、一般的なお祝い用糸巻きは25センチくらいの長さがありますが、今回は10センチにも満たないミニサイズで、携帯ストラップにもなるという可愛いデザインです。これは画期的ですよ! あまりにも可愛いので、商品化しようと計画しています。魔除けのサン(この島ではツッツァと言います)を沖縄本島では御守りとして売っているので、この米寿グッズもイケると思います!」 ってことで。 でーじキュートなストラップの写メももらってるけど、お名前がバーンと入っているので、お見せできなくて残念ッ。 代わりに、雑誌に掲載されている、よそのおばぁの写真ならお咎めナシでしょう(笑) ![]()
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昨日リフレッシュできたので、心のゆとりがあるうちに、いざという時に使えるベースキャンプを探すことに。
今のままでは、さとこは完全に壊れるよーん。 わたしが運転せずにすんで、母の安否確認ができる。そして母も生活に困らない、打開策はそれしか思い付かない。 ・母のと私のと車二台が確実に置ける ・24時間営業のスーパーの付近か、市内周遊バスの周回路付近で、母が自由に自分で買い物や通院ができる ・ちゃんたんを飼っても良い ・母は力んだらいけないからウォッシュレット整備か、後付けしてもよい。 この条件を基準に、どんな古い家でも狭くても、早急に借りれる家の情報ゲットのため、地元の空き家を知っていそうな知人とか、在宅高齢者の空き家を知っていそうなケアマネに相談メールを機銃掃射。 藁をも掴む思いでした。 今は、巣と里の往復で自分の時間がないから、余裕ができたら並行して不動産屋もあたるつもり。 母はまたいつ国立病院に入院するかもわからない。 とにかく確保できさえすれば、緊急時にすぐに泊まる場所としての逃げ道になる。 まだ脳の血管の検査や右目の手術も控えてますしね。 午後、はてるまへ出発。 この季節、山菜採りと畠で多忙を極めるはてるまの母用に、冷凍食品とお供えのパンやお菓子をまとめ買い。 はてるまに買い物と山椒を渡し、帰りに,はてるま父母の誕生会をドタキャンした喫茶店に謝罪に行く。 なんと、5月末で閉店らしい。あぎじゃびよッ。 美味しいし、とてもすてきなお店で、何といっても、はてるまの家の近くで、父母とも歩いて行ける唯一のお店だったから、でーじショックやっさ…。 年二回くらいライブの企画もありました。 ティンフルート、バグパイプ、ジャズユニット、津軽三味線、尺八、ハープ…。 いろんな楽器に接するまたとない企画が目白押しでしたのに、残念だー ![]() 誕生パーティーを機に沖縄バンドのみんなに紹介して、どんどん宣伝しようと考えていた矢先に、こんなこと。 ぱにーニィと、遅いお昼ご飯を注文しました。 お昼のランチがお勧めだけど、もう終わってたから、チキンカレーとミートソーススパゲティを注文。 ![]() ![]() 里の母へのお土産にケーキも購入。 勢いに乗り、ハウジングで、里の教会の玄関に吊るす陽射し避けのポールを物色。 100均で里へのおかず入れと台所マットと、里の母が持ち歩く用に軽いカバンを購入。 ドラッグストアで、母の髪留めと、はてるまのお線香購入。 …ちょっと頑張り過ぎました。 また流血も始まり、目眩と腹痛に参る。 里の母用のケーキは明日届けることにし、今夜は巣に直帰して体力温存の予定です。
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今日は無罪放免の日。ゆうべから眠剤を服用して寝たり起きたりで巣箱で過ごしてます。
明日は、ぱにーニィが買い物とはてるまの家に連れて行ってくれることになりました。 はてるまに帰れるなら、義母に山椒を炊いてもーらおっと。 ザル一杯の山椒の葉を枝から摘み、洗ったものの、そこでダウン。だめな嫁は、こんなときは遠慮なく姑に甘えるのであります。だって、義母の味付け最高なんだもーん。ごろにゃーん。 ![]() ![]() はてるまのおうちにも山椒の木は沢山あったんだけど、先日の霜や雪でやられたり、義父が枝を剪定しちゃったり、木の側で焚き火をするから不作らしい(笑)。 里の山椒で、いつかわたしでも美味しい佃煮が作れるようになったら、義母にも恩返しできるかな。 1日かけてグレープフルーツやレンコンスナックなど、自分用の食材をモグモグ食べます。 これで少し荷物が減った。 まだ寒くて衣類の入れ替えはできないけど、痩せすぎてもう着れなくなった服も少しずつ処分。 だんだん居場所ができてきた。 半蔵さんが連絡を躊躇っていた車検代不足分もやっとわかり、安心。支払は一刻も早く済ませたい。 わたしは段取りができないから、できることからどんどん整理したいの。ほんとにAB型かなぁ ![]() ほら、沖縄には『 銭の利や夏蔓の這いん様(じんぬ りーや なちかだぬ ほーいん ねぇ)』って黄金言葉があるでしょ。 利息は、夏のサツマイモの葉がぐんぐん伸びて生い茂るように、いつの間にか増えていくもの。これは、お金を借りるなという意ではなく、借りたお金は、一刻も早く返せと言っています。お金のことに限らず、ほったらかしやめんどうくさがってできないものは、早くやれって意味だと思ってる。 半蔵さんの車屋さんは里への通り道だから毎日見るんだけど、時間が合わないのと疲れていてなかなか寄れませんでした。 これで、余分なお金も持ち歩かずにすむ。 家計簿も整頓できた。わたしは、2ヶ月に一度の遺族年金を毎月14日に半分ずつ下ろし、翌15日から翌月の14日締めで家計簿をつけているの。 バタバタしていてできていなかったことが、少しずつ整頓できる幸せ。 気持ちに余裕があると、雨の音も気にならない。 ふー。 リラックス。 今日のお供えは、 ![]() 里の母作 むかご・梅干し・炒り大豆のおこわ 大祭のお下がりの鯛の山椒煮、 ぱにーニィ作 塩バターラーメン れんこん甘酢 ぱにーニィ母作 葉山葵の酢漬け はてるま母作 蕨の漬物 デザートはフルーツヨーグルト 菩薩さまととおるちゃん、みんなのてぃーあんだーたっぷりの旬の味を楽しんでくださったかしら
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昨夜は、巣に辿りつくや否や気を失い、ぱにーニィの梱包も洗浄もできませんでした。
弱りきったぱにーニィの、「あのー。お願いします。お願いします。」という遠慮がちな声かけに意識を取り戻し、包帯だけ巻き直して、また気が遠くなりました。 常にまぶたの裏側にいろんな人が登場しては、モンタージュ写真を早送りで見ているみたいにみるみる溶けて変身していきます。 景色も、町中や川沿いの国道や開拓中の空き地と、映画のように刻々と場面が変化する。 巣と認識できるのは目を開いて辺りを見回したときだけ。 目を閉じると、またいろんな仮想空間が広がります。 7時、ごみを出し、シャワー、ラスカリング、勤行。 今日は里の大祭で、いつもなら6時過ぎには里へ向かい、先生方のお食事の裏方や、副総代として祭典中の玉串奉納の役目を勤めます。 でも、今回は、 ・母も退院直後であること、 ・今日午後が退院後の始めての国立病院受診であること、 ・わたしの状態がかなり不穏で人に会えない、 との理由から、他教会からお越しくださった先生方だけ別席はご用意できず、信者さんと同席でお直会をしていただきました。 だから、わたしはお祭りが終わってから向かえばいい。 大祭シーズンには、いつも自分を追い込んでいたけど、今までで、一番おだやかな大祭当日です。 ラスカリングが終わるまで少し横になると、また意識を失い、カオスへ。 イベントに行くシャトルバスに乗ってたら、とおるちゃんが乗ってきた! とおるちゃん、とおるちゃん。 そばに飛んで行きたいが、とおるちゃんは友人たちと話が盛り上がっているから、なかなか視線をとらえられなくてソワソワモジモジ。 ひたすら見つめる。 とおるちゃーん! 気がつくと、涙と発汗多。 しばらく動けず、やっと13時を回って里へ。 大祭のお片付け。 ソファや椅子、テーブルを移動し、お料理や生鮮食品のお供えをお下げして分類。 使用した物品を洗って乾かす。 わたしがお片付けしている間に、母はひと足先に信者さんと親教会へお礼参り。 そのあと、国立病院で合流です。 退院後始めての診察。満員で、診察終わったら17時でした。 視力は、なんと、0.6まで回復。 でも、止血剤アドナを飲むとボンヤリすることが、ちょっと気にかかるみたい。 アドナにそんな副作用はないから、考えられるのは脳の血管の異常。 血流を良くするお薬が出て、次回は脳の検査の予定らしいです。 それまでは安静に、安静に。 母、できるのか? ![]() 母と行動していて慌てること。 わたし同様、母も荷物が多いから、「あんた、これ持って」と、自分のカバンの中身を次々渡される。 ただでさえ自分のカバンの中のものが探せなくて、きちんと場所をきめているので、たちまちパニック。 売店でスイーツなんでもいいから買ってきてと小銭入れも持たされ、手が震えるから上手に支払いができず、後ろに並ばれて、さらに追い詰められる。 やっと買ってくると、それを食べろと勧められる。 倒れる限界だよーん。 カフェイン製剤と抗不安剤のシーソーゲーム。 待っている間に薬局さがしもしました。 わたしが同行できない場合に、母がバスで行けて、配達もしてくれるところ。 幸い、わたしが通学していた小学校の近くに最適な薬屋さんを発見。 今後よろしくとご挨拶。 薬局から帰ると、もう19時前。 今日は実は、大好きな堀内加奈子さんのライブ。 お誘いがあったから、間に合うといいなと思ってたけど、またの機会があるでしょう。 東京で、登川誠仁さんと大城美佐子さんのコンサートがあったとき、すごく可愛い着こなしだったから、よくよく見たかったなあ。 那覇の『島思い』でも何度も楽しいステージ観ました。 是非お勧めとみんなに教えたかったけど、誘い損ねちゃった。残念だ~。 ぱにーニィも、なんだか毎日お仕事に追われてる。 この頃、読み合わせのお仕事も一緒にできてない。ごめんね。 巣に戻り、掃除。 今日はぱにーニィの梱包&ガーゼ交換サポートもでき、一安心。 3時半、横になる。 今夜はどんな世界へ行くのかな…・
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4時半に気づいたら台所の床でした。
わたしの巣箱は、たいてい浴槽か、台所の椅子二個並べ。 たまに床に落ちている。 ノソノソと起き上がり、たまっていて気になっていた家計簿の整理をようやく終える。 2ヶ月毎の遺族年金を毎月15日に出すことに決めているから、14日締めにしているの。 朝、ぱにーニィがお母さまの診察待ちの時間に、葉山葵の酢漬けを届けてくれ、ビックリ。 混乱してお風呂の手順がわからなくなり、なんども髪を洗ったり、リンスで顔を洗いかけたり。 諦めて最初からやり直す。 でも、はてるま母が摘んできてくれたタラの芽が渡せたから、今夜、お母さまが天ぷらを作られるのに間に合って良かった。 髪が伸びすぎて始末におえない。 ライブの時におだんご結うために伸ばしてるんだけど、普段は束ねているのが似合わないから、母に会う度、「中国人みたいでみっともない。切りなさい」と言われるちゃう。 言い返すと話が長くなって心が挫けるから黙ってる。 中国の人に対して偏見を持つ教育を受けてきた世代だからしかたないね。 美容院へは行けないの。 人がたくさんいるかもとか、耳許でじょきじょきいう音に堪えれないかもと考えただけで動悸が打つんだもーん。 いよいよならカミソリで剃毛です。 100均でパーティー用ウィッグ沢山売ってるし(笑) 冷蔵庫が、はてるま用に買いおきの食材と、しーみー残りの食材や里の母に差し入れる食材でぎゅうぎゅう。 部屋の中も、里から持ち帰る洗濯物や、寒くて入れ替えできない冬物・春物衣類が山積み。 母の入院で中止になったライブ用の楽器や機材・歌集など、中途半端に置いているものが溢れている。 車内にも、工具や三件分の買い物篭、作業着に車のメンテナンスセットやお墓掃除グッズなどが山盛りで、座る席がない状態。 見ないふりをして里へ向かう。 途中の業務スーパーへ、お供えの魚を下見してきてと頼まれ、ドキドキしながら売り場へ。 お供えに最適な、鯛やハマチなどのナマイユが並んでるけど、さかなやさんが威勢よく声をかけてくれる。 母が写メ撮ってきてというが、近寄れず諦めて里へ。 信者さんがお掃除の御用に来てくださっている。 ご挨拶だけしても、どもって会話が展開できないから、台所に隠れてコソコソとお掃除。 お茶道具の準備。 お供えの青菜を洗って丁寧に束ねる。 ケンビキで頭痛と吐き気。 車が通る度、音や家の揺れや風圧に過敏になっていて、恐怖感でボロボロ泣くから、抗不安剤を飲んで乗り切る。 運転するためにカフェイン製剤は不可欠。 相殺するから効果ないんだけど、気休めにはなるかな。 お昼、母がうどんを茹でると言うので、鍋を準備。 全身が軋み、耐えられず感情失禁。 我慢、我慢。 わたしは噛めないからヨーグルトをちょっと舐める。 午後、教会の御用を始める。 結界から先は神聖な場所だから、本当なら教師の資格がないわたしが立ち入るべきではないのですが、母ひとりでは準備は無理だから、母が二代を継いでからは、ご神前の御用もさせていただくようになりました。 ご神前とご霊前のお清め、普段の八足や三宝を拭き清めて納め、祭典用のものをお出して磨く。 ご神米・徳利さんとおみずたまさん・お餅・お米・お野菜・お魚・乾物・果物・お菓子・お酒・お直会用のお供えものを買ってきて三宝に盛り付け。 あちこちの部屋や廊下においてある山積みの新聞や本がぎっしり詰まった段ボール箱を一部屋に運び入れる。 普段のお供えものを神撰所にお下げする。 荷物がなくなったところで、ようやく蜘蛛の巣とり、はたきかけ、掃き掃除・拭き掃除。 足がもつれる。 夜、信者さんが榊や玉串の準備に来てくださったので、台所に引き上げ、またまた腐海の掃除と、ちゃんたんのお世話。 わたしのへとへとぶりを見かねて、母がドクターストップをだしたのが20時。 どうやって巣に帰ったか覚えてないよーん。
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ぱにーニィは保護観察解除となりましたが、当分は通院です。
創部の痛みは和らぎ、昨日から運転を開始。 母も、外に出るとくたびれたり、服薬による眠気はありますが、体調不良は今のところなし。 わたしの周辺も多少穏やかになってきました。 今回のしーみーは、無理をしないよう、台湾料理のオードブルをメインにしつつ、ちっこいウサンミもどきを作りました。 ![]() ![]() お重の中身は、昨日炊いた煮物(牛蒡、厚揚げ、蒟蒻、人参、大根)。 ハムステーキ。 赤板蒲鉾。 豆大福と蓬餅。 キウイ、苺、パイナップル。 フライ饅頭とピーナッツ菓子。 パン、紅芋タルト、ゼリー。 いつもなら毎年うちかびとお菓子やカステラ蒲鉾を買い込んできていたんだけど、沖縄行きは去年の5月が最後。 幸い、最近市内の業務スーパーで沖縄食材が充実の品揃えで、普段の料理に困ることはないんだけど、お菓子は日持ちするお土産品ばかり。 やっぱり、くんぺんとかコーガシが欲しーい。 レモンケーキとプレーンさーたーあんだぎーは、いつでも入手できるから、今回は見送りました。 オードブルは、胡麻団子、エビマヨ、唐揚げ、青椒肉絲、酢豚、春巻、豚角煮。 今日はフェーン現象で29℃。 腐らないよう、すすきはないけど、ビニール紐でサンを作って載せました。 今年のじゅーるくにちーにフンパツして取り寄せた、牧志の公設市場のみき屋のおばぁが作ったウサンミに貼ってあってビックリ。 すすきでなくていいなら、いつでも作れるねー。 お昼、はてるまのおうちに到着し、さっそくお花とお酒とくわっちーを飾り付け。 ![]() ![]() 義母と、お墓でお酒とクワッチー、うちかびを送り、仏間にもどって家族で歓談。 あー安心した。 帰りに、久々にお墓でゆくってみます。 ラーク1mgメンソールを一本お供えし、墓石に頭をすーりすり。うにゃにゃ~ ![]() 落ち着くぅ。 運転しながら、母入院以来初めてカーステもかけました。 つい口ずさんじゃう歌。 「わらび時分」 なんか元気出るから好き。 でも、ツーリング中のバイクや選挙カーと次々すれ違うようになってきて、やっぱし気分はしぼみ加減 ![]() 夕方ぱにーニィの受診、シャワー、おぼつかないガーゼ交換を済ませ、里へ。 母用のちびちびウサンミはこんな感じでーす。 ![]() ご神前の御用をさせていただき、巣に23時前帰宅。 今日も無事終わりました あっ、また薬飲み忘れてる ![]() 美らかーぎードクター、すんませーん ![]()
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選挙カーが苦手になったのは、聴覚過敏になってから。
選挙活動の大変さはわかっているから、今までなら一生懸命手を振って応援してたんだけど、自分にゆとりがないのが情けない。 でも、立候補する方の名前ばかり連呼したり、「ありがとうございます」と絶叫するのはあんまり意味がないように思います。 街頭演説なら、聞きたい人だけ足を止めて耳を傾けるんだけどね。 うちのうぐいす嬢は、当日のニュースや世評を交えて低い穏やかな声で話してたよ。 聴いていて心地よかった。 単なる身びいきではないと思うけど。 とおるちゃんとわたしがお世話になった故雇用主さまも議員さんでした。 最年長の78歳でトップ当選を果たされたときは嬉し泣きしたねー。 80歳でお亡くなりになるまでの議員歴は、40年を越えます。 それだけの人望を持つ方でした。 とおるちゃんの死後まもなく、深夜、ほろ酔いで足取りもおぼつかない状態で帰宅されるところに偶然出逢い、千人からのスタッフもいるのに、暗闇のなかのわたしの顔をみて「わしゃ、お前の為ならなんでもやっちゃるぞ。遠慮なく言ってこいよ」とすっと言葉が出るお方。 また、とおるちゃんの上司である夫人は、初盆に山奥のはてるまの墓までお花を手向けにきてくださいました。 なんぼ葬式や通夜に顔を出しても、スタッフの初盆まで把握している大会社の社長がいるでしょうか。 わたしは、この方々の下で働かせていただけたことを、これほど誇りに感じたことはそれまでありませんでした。 恩返しの機会を狙っていたわたし。 退職して初めての選挙では、及ばずながら炊き出しとしてお側で選挙活動に参加でき、自分もやり尽くした感(たいしたことしてないのに、やったつもり~)を感じることができたのは無上の悦びです。 開票速報の場で、コンパクトとおるちゃんと、(万歳三唱+ぴょんぴょん)×20回くらいしました(笑) 在職中は仕事優先で、たいした活動はしていなかったから、退職もよい時期を選んだなと思いました。 護るべき家族がいない分、生きる為に働く必要がなかったから、『義』の為に全力投球できた炊き出しの日々が懐かしい。 だもんで、先月の告別式では終始そーそーと泣き続け、はてるま父母と里の母に介護(?)される始末 ![]() 一方、ぱにーニィは、わたしが追い詰められちゃうもんで弱り切って、選挙のお電話がかかると受話器に向かって「うるせえんだよ!とにかくやめろよ!」と怒鳴ったらしい。 わたし、みんなを巻き込んでる。 ぱにーニィ、わっさいびーん(すんません) ![]() 一生懸命お電話かけてくれた方、わっさいびーん ![]() ![]() 全てわたしのせいなのよ。 インターネットでの選挙活動とやらが始まったら、わたしのような心の病の人達やご家族は大いに助かるでしょう。 円満、円満。
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全てを飲み込みながらせり上がってゆく真っ黒な波の壁や、血で染まった赤い川。 たくさんの遺体と一緒に生き埋めになっているわたし。無音の世界。 そこに防災無線の臨時放送あり、現実と夢の狭間で大混乱。 ぱにーニィが「老人会のグランドゴルフの案内だから」と深呼吸を促し落ち着かせる。 わたし、もう狂っているのかな。 歯をくいしばって寝てるから顔がガクガクする。 手をついて体を支え、なんとか立位を保って般若心経勤行。読経しながら涙。 わたし、菩薩さまととおるちゃんに心から感謝できている? とおるちゃんの妻なのに、夫が修行を積むサポートどころか、足手まといになってんじゃない? 何もかも自信がない。 久々の拭き掃除と寝具のラスカリングを済ませて、平常心を取り戻す。 自分の穢れは毎日解消したいから、どんなにへとへとでもルーティンワークを怠ると、身の置き所がないの。 ぱにーニィを受診に連れて行き、そのままマンションへ送る。 明後日はぱにーニィのお母さまの国立病院受診日だから、明日の夜は、県境に近い山奥の実家に帰らないといけません。 ぱにーニィ、とうとう運転再開です。 ダイジョブかな~ ![]() リーバイス501も再開だけど、ボタン外せる? しっこ間に合う? ダ、ダイジョブかな~ ![]() そうそう、元職場では、至るところにチリ紙が落ちていた。 ご利用者さまがおマタに挟んでいたもの。 畳んだ真ん中にシワが寄ってるし、シンナリしてるからすぐわかる。 歩いているうちに、おズボンの裾からすたこら逃げ出したチリ紙さん。 こーいむんに行っても、駐車場や店内で落っこちたりするから、素知らぬふりして拾う。 つい、床を見ながら歩く癖がついちゃった。 ぱにーニィにも勧めるべき(笑)? 体当たり型お笑い芸人のコラアゲンはいごーまんさんが、「ある意味テーマパーク」と言ってたけど、高齢者施設、まだまだ楽しいエピソードは満載だよ~ん。 ぱにーニィを送り、大祭準備開始。 先ずは、初代教会長である父のお墓掃除に向かいます。 風の音も選挙カーも、相変わらず厳しい。 里の母と一緒に、お供えものやお直会の買い出し。 つきたてのお餅が売っていて、明日のしーみーには大福でなくて本物のお餅が買えました。 ラッキー。 母は、まだ自分が見えないことに慣れていないから、老夫婦にぶつかりかけたり、車椅子の方が並んでいるのに、その前に立とうとしたり。 耳が遠いから、こそっと注意を促しても大声で聞き返され、わたしは取り乱す寸前。 何とか買い出しを済ませて巣に向かいます。 母は、まだ下を向いての洗髪は許可されていないから、当分は、巣のお風呂に入ってもらう予定。 買い出しに行ったお店とは真逆の方向なので、母は気の毒がる。 でも、里のお風呂は広くて寒いから、どうせ洗髪介助するなら、狭くて暖かく、そしてわたしも使い慣れている場所に来てもらったほうが安心。 母がお風呂で煮えている間に、しーみーのウサンミも煮ることにしました。 大根・牛蒡・人参・蒟蒻・厚揚げを切って鍋に投入、沸騰したら調味して保温カバーに入れて終わり。 今夜のうちに味がしみるから、切って重箱に詰めて冷蔵庫に入れておけばいい。 なんとかなりそうだ。 これまたラッキー。 母は私の身体を心配して、「バスで帰るから、駅まで送ってくれたらいいよ」と提案してくれたけど、荷物もあるし、元々予定内のことだから当然送りますわよ。 確かに、路線バスを活用するのは、母にも私にもいいことだけど、残念ながら最終が17時半発だから、また機会があればお願いね。 里から帰ると、ぱにーニィが大判焼きをお供えに買ってきてくれました。 神社のお祭りで栗饅頭を買おうと自転車で出掛けたけど、栗饅頭の出店はなくて、そのまま足を延ばして甘味屋さんに行ったらしい。 小豆入りのと、わたしの大好きな白あん入りの。 エボニー&アイボリー。 早速とおるちゃんにお供え。 ウサンデーして両方食べちゃった。 ぱにーニィを洗ったあと、包帯がきつくて痛いらしいからほどいて巻き直す。 無事故で実家に帰れますように。一緒に般若心経勤行。 しーみー準備しながら激しい胸焼けに後悔するが、あとの祭り。 わたしが悪うございました。身の程知らずに食べ過ぎちゃったよ。 大判焼き、魔物です。
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ぱにーニィのお友達のナマ井さんからメールをちょうだいしました。
ナマ井さんとは直接お会いしたことはありませんが、ぱにーニィのお父様が、昨年秋にペースメーカーをつける手術後、簡単な手術のはずだったのに、退院できないまま他界された件で、医療事故と判断して堂々と恨んでいいのかどうかでぱにーニィが苦しんでいるのを見かね、ご意見を拝聴したく、メールさせていただいたことがあったのです。 メールボックスにナマ井さんのお名前があり、「あきさみよっ!親分、てーへんだ。投げ文ですぜ」とぱにーニィに電話。ぱにーニィがカブにまたがりソッコーでやってきて、一緒に開きます。 「かなりハードな内容が書かれているけど、暗さを感じない。また恨み事が一切ないことで、逆にさわやかさすら感じました。 言葉の選び方や順序立てがすっきりしていてわかりやすい、またときどきはさまれるうちなーぐちが、文を占めてくれ、読んでいる方も疲れを感じさせない。 そしてなにより、ここには愛がある。さとこさんをとり囲んでの愛。」 わあい。 誉めてもらったよーん ![]() お気に入りに入れてくださったらしい。 でーじ嬉しいッす。 読者登録できなくてごめんなさい。 ウツだから、お返事を書かなきゃって追い詰められるから、コメント受付×の設定にしとるです。 ナマ井さんは、ひと月まえから体調不良に苦しんでおられると知り驚きました。 「さすがにひと月も経ってくると、楽観していた自分だけど、そろそろ嫌になってきますワ。 でも、血流が感じられるようになってきたので、希望を持ちながら、一歩・半歩進めていきます…」 日常生活のみならず、大学で教鞭をとっておられて語るのがお仕事なのに、たちまち支障が出ているご様子。 ハッサイヨー。 肝にしぬばらんですよ、ナマ井さん。 「てーげー。」 人間、自分一人の力ではどうにもならない。八割がんばって、残りの二割は人や天任せ。助けにすがるしかない。 だから、がんばりすぎて自分をギリギリまで追い詰めちゃだめって意味らしいですよ。 よんなー、よんなー。てーげーに。 って、わたしが言うってか? ![]()
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今日のライブは、年に一度の大規模なイベント。
もう10年続いてます。 とおるちゃんは複数のバンド活動をしてたから、いろんな形で毎年のように出演してました。 詩朗さんのフォークロックグループでは、とおるちゃんはベース。 とおるちゃんがいなくなってからは、詩朗さんは少人数編成での活動が多かったけど、今日は、ギター弾きの歯医者さんと、ドラムのカリスマ髭さんが加わって以前と同じ編成。 そして、ベースはA作ちゃん。 とおるちゃんのぴーぷろを弾いてくれているーッ。 涙そーそー。 ぴーぷろはとおるちゃんの愛用のベース。手放せないし、錆び付かせられないしで、A作ちゃんにお願いして預かってもらっているの。 A作ちゃんもとおるちゃんも、レベル42のまーく・きんぐさんとやらを師と崇めていて、ベースを高めの位置に抱えて胸を張って弾く姿が重なる。 うれしいにゃ~。 曲目は、 カムバックToほにゃらら 431 だらず 夜 水道屋 ゆみがはま 『夜』は、巣の隣にある、天空の城ラピュタみたいに巨大な工場を見ながら作った曲だそうで、わたしはダントツ思い入れがある。 またまた涙そーそー。 次に楽しみにしていた、じぇんとるそーすというグループ。 キーボードとドラムはとおるちゃんと同じバンドで活躍。 一曲目は、ブラック・ボトム・ブラスバンドのセイヤ君がドラムでした。 ドラムのパパはパーカッションで。 久々の親子出演に、パパとっても嬉しそう。 セイヤ君がプロデビューしちゃったから、ドラムを叩く姿をわたしが観るのは久しぶり。もしかすると、セイヤ君と音楽仲間達の『音楽弁当』ってイベントにとおるちゃんが出てから初めてかな。 霞がかかったように記憶が曖昧で自信がない。 美男美女カップルの良いパーツを見事に引き継いで、気品ある王子さまのような居ずまいのセイヤ君は、童神→神童を経て今はプロ。 いつか、ドラムの神様になれるといいなー。 ぱにーニィは、パパと同級生。風が生まれる島ではディンディムヌと言うらしい。ディンディムヌは堅い結束で結ばれる傾向にあるから、セイヤ君のこともきっと自分の子供みたいに可愛いに違いない。 いっつも気に掛けてるもんね。 じぇんとるさんが終わったら、飲酒ブースとホワイエを探索。 ホワイエでは、半蔵さんと詩朗さんがセッションに参加してました。 ステージで詩朗さんが半蔵さんを呼んだから、半蔵さんは出ないわけにいかない。そして、半蔵さんは、たぶん呼ばれると分かっていて待機してた。 わたしは気づかなかったけど、パニー二ィは、すでに若いニーニーが待機していたらしい。ニーニー、ギタリストが重複してるの聞かされてなかったのかな。もし、あのセッションがデビューなら、土壇場の変更でショックだったかも。ちょっと肝ぬしぬばらん(心が痛む)です。 負傷中で指笛も手拍子も拍手も出来ないぱにーニィのと二人分ピウピウ声援します。 「やっぱり、半蔵のギターは玄人げだわ」とぱにーニィ。 理屈や状況はわかんないけど、とおるちゃんもわたしも、半蔵さんのギターは大好き。 いつもライブの写真をお願いしている山脇さんの写真展も覗きます。 エプソンフォトグランプリに輝いた作品も、間近で堪能。 光柱現象を題材にした作品も興味深い。 山脇さんとは、わたしがネーネーだったころからのお付き合い。よく天文観望会に連れて行ってもらったもんです。 山脇さん、こんなに美しく表現できる力を持ちながら、なぜわたしだけは見事にありのままを撮る? もうちょっと、手加減ってもんを知ってください ![]() 沖縄バンドがお世話になってる喫茶の屋台で、スパムバーガーとサンドイッチとコーヒーを購入。 とおるちゃんのお供えと二つずつ。 トリのソウルバンドは、とおるちゃんのいたパーティーバンドとも深い関わりがあります。 ここのセクシーママダンサーさんは、とおるちゃんが事故った時に偶然居合わせて救急車を呼んでくれた方と同じ職場。 彼女のおかげで、とおるちゃんの事故の様子を詳しく知ることができました。 みんな、わたしととおるちゃんの大切な人々。 そして、みんな揃ってカッコイイ。 ナイスミドルな人達が、身近にこんなにたくさんいるなんて、でーじラッキーやさ~
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脂汗と悪寒で目覚める。
シャワーをしてから、手負いで保護中のぱにーニィを残し里へ向かう。 ぱにーニィは、ジーンズはリーバイスの501にこだわっていて、左利きなのにボタンの留め外しができないから、裁縫上手の女の子に以前プレゼントしてもらった手作りのパジャマで過ごしてます。 よく似合うし、サイズぴったしで感心。 お付き合いすればいいのにーと思ってたけど、彼女は今は他の方のものみたいなんで残念です。 母とスケジュールを調整します。 洗髪と買い出しは月曜日で良いとのこと。 掃除や準備は3日あればできるだろう。 では、火曜日にしーみーができそうだぞ。 はてるまの家に連絡し、明後日、うちかび送金に帰りたいと報告。義父母とも外出や来客の予定はないみたい。 チャーンスッ! リサイクルごみを出しに行くと、恒例行事のマラソン大会に巻き込まれ立ち往生。後続車も次々停まり、なかなかバックできずパニック。 里へと急ぎます。 勝手口には、兄が突っ張り棒とリングをつけてくれていたから、プチプチカーテンを吊るす。 風でハタハタしないよう、片側を止める両面テープか画ビョウと大きな洗濯バサミを買わなきゃ。 今日中の振り込みを頼まれる。日曜日だから本局に行かなきゃ。 山椒の葉も早く摘まなきゃ。どんどん固くなるから収穫が追いつかない。 銀杏も渡される。煎ってペンチで割るから、母にはできない。古くなってるから急いでと言われ、さらにパニクる。 急ぐものばかり。 重ねてカフェイン製剤服用。 帰りに100均ででっかい洗濯バサミを探していたら、詩朗さんからTEL。 実は今日は詩朗さんのバンドも参加するイベントなの。 チケット百枚持ってると聞いたから、売り上げに協力したくて、夕べ、ぱにーニィの分と二枚予約。 受付においてもらえたらと言ったけど、イベント開始前の受け渡しがいいみたいで、先にもらいに行くことに。 ウサンミを準備する余力はないから、現地の方の本格台湾料理屋にオードブルを注文することに今回は割り切って決めていて、ダッシュで予約に向かいます。 そのあと、単独で本局経由コンベンションホールへ。 日曜日のコンベンションホール。前回、故雇用主さまの葬儀で固まったばかり。 ぱにーニィに連絡すると、独りでは無理と心配するが、仕方ない。 気温24℃。熱風であおられる。 電線や、国旗掲揚ポールのロープが唸る音が耳につく。 救急車も通り、ハンドルを持つ手に、つい力が入る。 市議欠員と市長の選挙の告示があったらしく、いたるところ、フルボリュームでの挨拶が聞こえる。 選挙カーが活動する20時までは外出を避けたいけど、これまた仕方がない。 さらにカフェイン製剤追加。 手が震え始めた。 なんとか本局とコンベンションをクリア。詩朗さんはチケットを一枚プレゼントにしてくれました。 わーい。 でも、売り上げに協力したかったのに申し訳なかったなー。 いつも通る小道は、神社のお祭りで車両通行止め。 またバックして大回りしてやっと巣に辿り着く。 ライブは14時からだけど、雑用を済ませ、詩朗さんたちの出番に合わせて15時半にコンベンションホールに到着しました。 トリのバンドも、とおるちゃんと関わりが濃かったから是非観たい。 ぱにーニィは、拍手もピウィッ(指笛)もできない事に気づき、居心地が悪るそうだけど放置。 間に、しーみーの買い出しに業務スーパーへ向かう。 頭の中で、はてるま用・里用・しーみー用の商品の振り分けができなくて更に混乱。 食べものを胃に入れるタイミングがつかめないのにカフェイン製剤を乱用してるから、胃痛・吐き気・目眩。 神経も過敏になってる。 イベント終了後、帰って夕食を済ませ、食器とぱにーニィを洗う。 限界だ。 何度も硬直しかける。 ぱにーニィが痛む手で何とかほどこうとするから、辛くて更に追い詰められ、パニック。 とおるちゃんたすけて とおるちゃんたすけて 母とぱにーニィのお風呂介助があるから、切傷沙汰は起こせない。 我慢、我慢。 久々に足タンタンでやり過ごすけど、イマイチ効き目弱いな~。
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左手を3斤袋で二重に防水加工し、柄つきブラシで丸ごと洗浄する。
![]() 3斤袋はでーじジョートーなアイテム。 風が生まれる島で、半斤・1斤・2斤・3斤があると教わり、どぅまんぎた。 リットルじゃないのー? 本島に戻ると早速買い漁り、お土産にまでしちゃったの。 愛用してます。 さて、創部保護の後、ぱにーニィを情容赦なく洗い上げます。 母や元職場のご利用者さまや、風が生まれる島から泊まりに来た片麻痺をもつ友人は、タオルを使用してもっとソフトに介助させていただいたんだけど、ぱにーニィはされるがまま。 だって、とおるちゃんにも満身のちからを込めて洗ってたんだもーん。 ごしごし。 ゴシゴシ、ゴシゴシ。 がーす、がーす。 面白いほど良く洗える。 わたしが知っているギャランドゥのトップスリーのうち二人は、ぱにーニィと兄。 ぱにーニィがキーマー(毛深いお方)のことをギャランドゥと表現してるから、とおるちゃんもわたしも、いつの間にか『右ニ習ヘ』してます。 うなじからスネ毛が始まっている方々。 大学生だった兄の部屋で、カールした体毛を集めて遊んだことも ![]() 眉毛も以前は繋がってたけど、この前、兄、顔が変わったなと思ったら、左右の眉が分断されている。 「あり?兄ちゃん、眉毛、二本になった?」 「最近、繋がらんくなってきたねん」 そーかー。 人間、いろんな変化があるんだね。 剛毛がヒゲ根的に生えている場所は泡立ちもいい。 龍安寺の石庭のように渦巻きを描いて遊ぶ。 枯山水。 あはっ。わたし、絵心あるー。
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ぱにーニィは痛みで寝付けなかった様子。
5時33分、携帯電話に地震情報。 そのあと、防災無線でも地震予告。 直後に短い揺れ。 怖がりの母が心配。 神戸の震災の時は縦揺れが続き、当分車に布団を持ち込んでガレージで寝ていたぐらいだから。 東の裾野に姿を現した紅色のおひさまをチラ見しつつ里へと飛ばす。 外気温2℃。 4月なのに。 里の山積みの荷物も母も無事でした。 荷物たちは、なんでもコロ付き台車の上に載せられてるから、揺れが長いと「よーし、解散。各自自由行動をとれ」態勢となって、スタコラどっかへ行っちゃうの。 寒いし早朝だったから、母はまだ寝床にいて、寝室のみ割れ物が置いてないので安心。吐き気や動悸もないから、血圧は大丈夫みたい。血圧計測器買わなきゃ。早めの母の日プレゼントにもなるし。 「あらー、あんた、わざわざ来てくれてや。おかあさんは大丈夫だけん」と言いながら、やっぱし少し涙目じゃない? 今日は兄がまた帰ってきてくれるとのことだったから、一旦引き上げます。 ぱにーニィを診察に連れて行き、1日寝ていられるようにスポーツドリンク等を買い足してから、改めて里に向かった時には午後になっておりました。 兄と一緒に、母が生活しやすいよう、とりあえずの応急処置を考えます。 ー、玄関の鍵を直してもらう。 玄関の鍵は、錠前金具を嵌め込む窪みよりも金具のサイズが短いことが一番の原因と判明。 母から依頼して、後日改めて金具を交換してもらうことに。 一、重い台所ドアは、中からの開閉は比較的楽だから、昼間は開放しておき、夜だけ閉める。 外出時の出入りは玄関から行う。 寒い間は、プチプチ緩衝材をカーテン替わりに掛ける。 一、重たいガス炊飯釜を、低めに設置し直す。内釜だけでもやたら重いから、ご飯はたくさん炊かないこと。自分で洗わないこと。 テレビも観にくくなってたから、兄が急遽家電屋さんに大きいテレビを探しに走ってくれた。 あとは随時見直し。 安心したので、巣に帰る。 自分で運転しないといけないので、カフェイン製剤と抵不安剤を交互に過剰服用。動悸が打ち、目眩がする。 (きっと、心療内科の先生ががっかりするから。よい子は真似しないでね ![]() ワイドー、わたし。 ぱにーニィはおとなしく入床中。持ち込みのお仕事は済ませたみたいで安心。 痛みで口数少ない。 少しはウトウトできたのかな。 今夜のご飯は『ご長寿定食』でーす。 ![]() ・玄米 ・あすっこと人参のお澄ましに寒天を盛る ・ぱにーニィお母さんから戴いていた、秘蔵の葉山葵の酢漬、ハヤトウリの酢漬 ・スヌイ(もずく) ・レンチンあすっこと茹でカリフラワーはピリ辛ドレッシングをかけて ・毎日欠かせない納豆オムレツ
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月曜日、久々に沖縄バンドの練習に行きました。
風が生まれる島から友人がやってくるので、せっかくだからみんなの演奏を聴いてもらいたくてその相談を兼ね…。 メンバーみんなは歓迎会をしようと言ってくれ、日にちを決めて集まってくださることに決まったところでした。 そして、わたしはまた大失敗をやらかしました。 練習に行ったその日も、朝からバタバタ。 はてるま買い出しや片付けや病院や練習が重なり、母とはてるまの話の内容も濃かったので、完全に打ちのめされていた上に、先日の告別式の時に粗相をしたのか、千里さんから不機嫌な電話があり、会話中怒らせてしまったようです。 「さとこさんはお暇なことでよろしいですね」と切られました。 訳もわからずボーゼン。 練習に戻ったものの、あれこれ考え、上の空のわたし。 その最中に、追い打ちで沖縄バンドのライヴが6月8日に決まってしまいました。 わたしは、実はバンドを辞めるつもりで、切り出すタイミングを狙っていましたが、風が生まれる島の友人の集まりを頼んだあとだったから、ライヴ不参加とか辞めると言い出せず、さらに落ち込み… 帰るなり、恒例の眠剤バイキング。 (くれぐれも、真似はしないでね、ホントにホントに絶対だよ) 今度は 気がついたら翌日の昼間でした。 ぱにーニィが横にいて「目が覚めて良かった」と泣きそうになってました。 以後は聞いた話。 ↓ 練習後、連絡が取れないわたしを心配して、またぱにーニィがとんできました(薬がソッコーで効いたらしい)。 声をかけても返事がなく、シャワーしながらバスタブにうつぶせになっていて、ゆするとぐらんぐらんして全く意識がないのでとりあえず体を拭いて部屋に運んだそうです。 作務衣を着せて寝かせたら激しいいびきをかき、脳梗塞かもと心配になったらしい。 瞳孔を見ようとライトで照らしてみたものの、自分も目が悪いから分からない(笑) 二時間経過しても呼名反応なく、「国立病院だ。」と半蔵さんにSOS発信。 軽トラ&戸板・毛布つきでダッシュでやってきてくれた半蔵さんと合流。 ぱにーニィは、もう会えなくなるといけないからと、とおるちゃんをモビルスーツに移し、水子ちゃんのかわりとして可愛がっているぬいぐるみといっしょに連れて来てくれました。 半蔵さんととおるちゃんは、元々バイクもクルマも走り屋仲間。 冬山の雪道をドリフトしたり、サーキットを借りて壮行会を企画したり、オフロードで腕を競いあったり、若い頃はむちゃくちゃやったもんです。 とおるちゃんは、久々の半蔵さんの走行に狂喜し、フロントガラスにかじりつきで、ボブスレーみたいに激しく揺れていたそうです。 あっという間に国立病院に到着。 が、しかし、救急受付が替わっていたそうで、二人で交代でだっこしながら、「救急はどこだー」と走り回ったそうです。 で、受付をしているときに初めてわたしが身動きしたそうで、「あ、気がついたから帰りますわ」と受診せず戻り、半蔵さんは「一気に喉がカラカラだわ」と帰って、ぱにーニィは泊まって様子を見ていたそうでした。 …全然覚えてない ![]() 半蔵さんにもこの貧乳は見えてしまったかも。 あー。 そして、わたしは生理中だったので、ぱにーニィは、脱衣かごに残っていたナプキンを発見。 「あ、座布団を敷くのだな」と思い、開封してみたら、なかなか複雑な構造で、テープは肌に直に貼るのか?この羽根はどうだ?とだいぶ悩み、パンツに装着することを思い当たって感動したよ。と言ってました。 完全介護です。 翌日は、運転できないので、ぱにーニィに14時に当時バイトしていたポスティングの事務所に連れて行ってもらい、半蔵さんのとこに「ごめんなさいでした」を言いに行きました。 二人先客があったから、「貧乳見た?」とは聞かず、顔だけみせてすぐに帰りました。
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うりひゃぁ! でーじなとぅん!
ぱにーニィ切傷事件でわたしが右往左往している間に、いつの間にやらご来訪者様数がぱにーニィの齢51を越えておられました。ありがとうございます。ありがとうございます。 てな訳で、ぱにーニィと関わりが深いパニック事件についてご報告させていただきます。 って、ぱにーニィが関係してない事件はないんだけど(笑)。 一昨年5月の『切れん切れん事件』について。(よい子達、そして悪い子も、絶対にまねしないでね、絶対にだよ。) ![]() 4月30日ははてるま母(旧姓水田)の実母の50年法要でバタバタしていて、大切な友人ぴよ子さんのお誕生日が4月29日であることをすっかり忘れておりました。 風が生まれる島の友人から法事中に着信あり。 夜、巣に戻りようやく折り返しお返事したら、「昨日、ぴよちゃんのお誕生日メール送ったら喜んでた」と言われて思い出し、ハッ、シマッター!って感じでした。 だもんで、5月4日に急遽、巣にて、参加人数分の種類を注文するという暴挙に及ぶ『ピザ&ブルーシールアイス(地元での取り扱いはピザポケのみ)胸焼け会』を企て、実行犯メンバーを募りました。 しかしながら、その日の朝、元職場の先輩の千里さんからお母様が亡くなられたと連絡が入り、夜にご焼香に伺うことになったから、胸焼け会はまたまた急遽中止。 千里さんからは、6日の告別式の受け付けを二名で頼みたいとの依頼もありました。 千里さんと関わりがある人で当日休みのひとが思い当たらず、あまり付き合いはなかったけど、元々、6日に会う約束をしていたぴよ子さんにパートナーを依頼。 わたしは、季節毎の生体リズム変調に、あまりにも予定が立て込んで行事続きだったこともあり、先月30日の水田の法要が終わるまでがうつ症状のピークで、少しずつ波のうねりの間隔が開いてきたところ。 法要前日の28日は、完全にココロが砕けていて、突発的に自殺を図り、いつも通り、未遂に終わりました。 その日も、不眠のまま巣で朝を迎え、9時にスーパーが開くのを待って、小麦粉もんを愛して止まない端井の義妹に焼きたてパンを購入、マッハ(の心意気)で帰りました。 10時にはてるまに到着すると、既にはてるま母と近所のおばあさんが買い物に行く気満々で待機。 パンに引き寄せられ、義妹が足取り軽やかにやってきて、暫く活発にティータイムを過ごしたため、11時半を回ってからの出発となりました。 銀行・昼食・店四軒を回って帰宅すると、もう15時を回っていました。 そのあとは甥のいじゃー君の部屋を整理するために、荷物の運び出し。 実は、いじゃー君は、4月に家出をして、はてるまの二階に引越してきています。 義妹の夫さんは、わたしと同じくウツなので、かなり感情が荒くなっていて息子のいじゃー君と度々衝突。 昔、はてるまは岐阜に住んでいて、とおるちゃんが運転していた頃は、お互いの行き来が盛んでした。 三年近く、来てもらう一方だったから、義母はしょっちゅうお兄さんのお墓参りに行きたがっていました。 わたしは自信がなくてなかなか「連れて行く」と言わないので、いじゃー君がじいばあを乗せていくと度々言ってましたが、まだ若いし、じいちゃんの病気も理解できてないから、両親は当然猛反対。 はてるまばあちゃんからは「おかぁはうるさいが、お前にはできる!いじゃー、自信を持て」 と激励され、とうとう義妹夫さんがいじゃー君に「言うこと聞けんやつは荷物まとめて出ていけー」と言い、お隣のはてるまにお引っ越しとなったわけです。 二階の3部屋共をわたしが占領しているのが気になってたから、本来他人であるわたしとしては、これはこれで、ひと安心です。 とおるちゃんの荷物が減る度にだんだん居場所がなくなっていくのはしぜんの流れ。 じいちゃんばあちゃんが幸せならベストです。 いじゃー君は、普段は他県に単身赴任だけど、月二回はもどって一緒にごはんを食べるし、ちょっとしたお出かけも頼みやすくなり、夫婦喧嘩が絶えなかったはてるま父母も、よく笑うようになりました。 いっぺんには無理だけど、毎回の帰宅時に1コーナーずつとおるちゃんの物を撤去し、いじゃー君にスペースを譲るよう努力しているところです。 そのあと、役場が閉まる17時前には出発し、自立支援の手続きや国民年金の問い合わせを役場と福祉事務所で済ませて、巣に向かいました。 夜は、沖縄バンドの太鼓担当さんとぱにーニィとライブに行く予定にしていました。 ライブ会場の喫茶店は、日頃沖縄バンドがお世話になっていて、顔つなぎが重要なんです。 巣に戻って、いじゃー君の部屋から運び出したとおるちゃんの品々を整理し、直ぐに出発する段取りで、ジタバタ。 その時、京都の兄から着信アリ。 「今、母のところなんや。今朝帰ってきてな、今夜発つんやけど、もしお前の都合つけば会われへんかなと思ってな」 兄がせっかくはるばる帰って来ているので、沖縄バンドの顔つなぎは太鼓担当さんに一任し、里に猛ダッシュ。 久しぶりに兄と対面しました。 母も、急なことに驚きながらも、兄とわたしにちらし寿司を準備。 フキと筍と厚焼き玉子を混ぜ込み、酢でシメた魚と山椒の葉をふんだんにのせた里の母のちらし寿司が、わたしはいちばん好きですね~。 席に落ち着くや否や、早速母の弁論が始まりました。 とおるさんの三年法要が終わったのに、いつまで図々しくはてるまに居座る気なのか。 無職で、アパートで自由気ままに好き勝手な一人暮らしをしているお前が、とおるさんと同じお墓に入るなど許されるわけがない。 はやくまともになりなさい。 世間の笑い者だ。 おかあさんが死んだら、あんたは壁を失って散々な思いをするよ。 兄が、「お前を心配してのことなんやけど、こんな言い方ではお前も納得できひんわなあ。まあまあ、母も今日のところはそのへんで…」と口添えをしたので、母の怒りの矛先は今度は兄を直撃。 家業とおかあさんをさっさと捨てたあんたに何がわかる? あんたの子供等は感謝の気持ちを持たずに育ってしまった。 おかあさんの愛情や苦労を、あんたたちは何とも感じていない。 云々… 聞いているだけで風穴だらけな私です。 兄を見送り、巣に戻って、手当たり次第に眠剤カクテルを服用。 とおるちゃんの写真を持って、浴室で新品の ![]() …あれっ? 予想では、一瞬の焼けるような痛みのあとには赤く染まるお湯、途切れていく記憶と闇をイメージしていました。 おニューの 薬でフワフワして力が入らないのかと、何度も試しましたが、微かに切傷が出来る程度。 100均、だめじゃーん。 あとで聞いた話を繋ぎ合わせると、その後の出来事はこんな感じ? ↓ ぱにーニィに「切れんー切れんー」とわんわん泣きわめきながら電話をしたそうで、ぱにーニィは、何か知らんが切ってあげるから待ってなさい、と慌てて訪問したら、そんなことだったので、大仰天だったそうです。 『それは、代りに切ってあげれんがな』ぱにーニィ言。 わたしがお風呂でギコギコ四苦八苦している頃、ぱにーニィは、大阪王将でラーメンを食べていて、ケータイがチカチカ光ったので、誰かからの電話かと思い、外に出たそうです。 そしたら、着信歴も未読メールもなく、はて、と首を傾げているところに、わたしからのパニクり電話があり、とりあえず向かってみたそうでした。 そして、わたしを落ち着かせながら、とおるちゃんの写真に「俺に電話をかけさせるとは、お前、なかなかいい仕事したがな」と誉めながら、ふっと、コンパクトサイズになったとおるちゃんの一部がモビルスーツ(クッキーモンスター)にまだ入っているのではないかという気がしたそうです。 今まで、外出から戻って、わたしが初めにやることが、コンパクトとおるちゃんを定位置の猫のシュガーポットに移すことで、一度も忘れたことはありませんでした。 それなのに、今回はモビルスーツで自由(?)がきく状態にいたこと、そしてとおるちゃんがその状態でいるのではないかということを、ぱにーニィが思いつくなんて、なんだか不思議な感じです。 とおるちゃんが「自分の役目は済んだから、戻してくれや」って言ってるみたい(笑)。 そして、わたしは首筋に大げさにアロエ軟膏をねっとり塗られ、さらに厳しい管理下に置かれる羽目になってしまいました。 あー。バカバカ ![]() 詰めの甘いわたしです。 続く。 |
ちゃんたんの住み処の掃き掃除をしていたら、ぱにーニィからお電話。
「外科はどこがいいのかな?」 「ほえ?」 「…指を切った」 …にゃんですと? 内科、脳神経内科外科、整形外科、眼科とかは関わりが多いけど、外科となるとすぐには思い出せない。 幸い、保母をしていて園児の緊急時の対応で慣れていた母が「新田外科!」と叫んだので、即座に所在地を説明。 あそこなら、ぱにーニィのマンションから左折だけで行ける。 母、ナイス提案。 「迎えに行きますッ」「いや、そんなに待てない」と即、返答。 にゃ、にゃんですとーっ!? どの指だろう。 小指なら仕事のオトシマエ、薬指なら親分の姉御を寝取ったオトシマエと聞いてるけど。 とりあえず病院へと急ぐ。 駐車場でぱにーニィのぐるぐるわんみゃー号を発見。 玄関に靴もあった。 本人の姿はない。 診察室? 処置室? まさかまさかの放射線室もしくは手術室かーっ? 肝ワサ~ワサしながらあちこちを覗き込む。 六人の患者さんが出てきてもまだ姿を見せないぱにーニィ。 わたしの頻胸が不安で大きく膨らんだと思える頃、ようやっと診察室からぱにーニィが出てきた。 左手を顔の高さに掲げている。 ![]() 「9針縫ったよ」とさわやかに笑う口元と右手に血糊。 トレーナーとジーンズに血飛沫。 「何があったとですか ![]() 聞けば、堅くなったわたしのゾーリンゲンの十徳ナイフをペンチでこじ開けようとして、刃が開いた途端に撥ね飛ばし、左親指を売り上げ急上昇の折れ線グラフみたいにざっくりやりましたとのこと。(博打のオトシマエ ![]() ![]() ぱにーニィはとかく負傷しがち。 以前、足の拇の爪の隙間にウニのトゲが刺さったとき、わたしが安全ピンと毛抜きでほじり出した。 左手人差し指の腱を切り、中指を副え木にして潜りに行っていた時期もある。 手術の後、暫くはギプスをしていたが、バイクでスーパーマーケットに買い物に行きレジのオバチャンに、指のギプスに買い物袋を引っかけられ、「有り難う。」とついお礼を言ってしまったと聞いた。 そして、昨年は野良猫にパンを与えていて左手親指にねこぱんちをくらい、流血。 そして今回だ。 ぱにーニィ、あまりにも迂闊。 ナイフなんか渡すべきではなかったと悔やまれる。 神経に達しているから少し痺れが残るかもしれないけど、指が落ちてなくて良かった。 ほぼ二週間の通院らしい。 袖口の締まったトレーナー、それ、一人じゃ脱げないよ。 出発時に御守りを持たせ、その後の様子を心配していた母に報告。 「疼くから、風呂も外出もやめて静かにさせないよ。疼くとき、腕にさろんぱす貼るとすこし楽だよ」とたどたどしいメールが届いた。 かくして、ぱにーニィは巣にて保護鑑札ならぬ保護観察となりました。 ぱにーニィのマンションを経由し、持ち込み仕事や必要物品の準備。「ほいっ。」と血染めのごみを渡され、顔面蒼白、手が震える。自分の血は見慣れてるけどね。 麻酔が効いている間に全て終わらせようと思い、巣に連れ帰り、先ずはトレーナーを脱がせる。 頭は毎日洗わないとハゲちゃうと言うから、創部を3斤袋二重閉じにして全介助にて洗髪及び洗体。 有り合わせで夕食と投薬を済ませ、入床を促す。 知人が車ごと土手から転落した時、手術後にロッテのラミーチョコを食べただけで傷口から心臓が飛び出すかと思ったと言っていたのを思い出した。 「当分、飲酒は御法度ですよ」 ぱにーニィは「そんな指示はなかったのに…」と不満げな様子だが、ダメなもんはダメです!と取り合わず。 なんでこんなに次々と不測の事態が沸き起こるのか。 剥ぎ取った衣服をハイターに浸け洗いしながら嘆息…。
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母退院の日、前編。
朝、宅配お弁当屋さんにカタログ配布を依頼してから出発。 買い物に行けないときの為の情報収集です。 1日一食とか、1日おきとかの配食を頼んで、その日は食事を共にするとかでもいいしね。 天気は良いけど風鳴りがして、さとこ号はあおられ迷走しがちです。 母は退院前に洗髪をしてもらえました。 1ヶ月間装着する保護眼鏡メオガードを買って、二週間お世話になった眼帯とはおさらば。 退院後の生活の注意点として 『動脈瘤の再破裂を招く可能性があるから、血圧の変動することをしない。』 重いものを持つことは禁止。 何でも大きなものが好きな母。もうガス炊飯釜や、外の鉄釜は使えません。 上へ上へと積み上げるのが好きな母。必要なものを手が届く高さに入れ替えも必要。 梅干しや漬物の瓶も、神前の花瓶の水かえも、一升瓶やお米や缶詰・果物・野菜などのお供えを三方ごと運ぶのも。 プランターや土を運んだり、枝切りも力を込めて草を引き抜くのも ![]() お灸も、カーッと熱くなるから禁止、マッサージ機の振動も禁止だって。 台所の重い扉が困る。 母が「鍵をかけたまま風が通るドア」と希望したら、トタンと安い建築材の里には不似合いな、スライド窓を上げ下げできるタイプの、金庫みたいにどっしりと重く頑丈で高級感たっぷりなドアがついちゃいました。 体力がないわたしには、なかなか片手では開けない。 外開きなのに通路は狭くて一人しか通れないから、物を持っての出入りは至難の業です。 よろめくから、尖った角で、大抵足の指や甲を擦りむいちゃうし。 運転については、主治医は「何とも言えない」との返事だったそう。 追突されたり、急ブレーキ踏んだりで、ビックリすると危ないから止めてと言っておきました。 「力んだらだめなんだって。出産は無理だわ。」と母。 最近、五木寛之の青春の門にハマっている。 わたしは読んだことないから知らんけど、娼婦さんとか出てくるお話らしい。 帝王切開ならええだないかや? 10時半に最後の診察を受け、はれて退院となりました。 レストランに降りて早めにお昼を食べちゃう予定でしたが、母は、そのあと知人の病棟にお見舞いに行き、さらに自分のお見舞い客と長話をし、そのあと疲れて足がつって動けなくなり、休んでいるうちに、お昼時に。 レストランは活気に溢れ、人と食器のぶつかる音や椅子をひく音と声の渦。 今日は、国立病院の医学部の入学式らしく、人けがない場所がどこにもない。 わたしは人の動きに遮られて足がすくみ、お掃除ロボのようにくるくる廻るだけ。 そのあと母は、長蛇の列の売店で、大祭のお直会も物色。 外来で清算を済ませ、ようやく駐車場へ向かいます。 車中で点眼タイム。 巣を経由して荷物を振り分け、当面の食材や冷凍ご飯を準備。 本屋、業務スーパー、パン屋に寄り、里へ帰ります。 途中寄ったハウジングセンターで「夏野菜の苗を買わなきゃ」と言っている母。 だからー ![]() 今日は晴天。 西に傾きかけた春の陽射しが厳しく、黙り込む母。 そして、母は二週間ぶりの我が家でちゃんたんと感動の再会。 ![]() 今度は、ちゃんたんも一生懸命尾っぽを振って喜びを表現してくれてました。安静中の二人がテンションあげあげだよう~。 ちゃんたんのいる玄関の開かなくなったドアは、レールとドアの幅が合わなくて曲がってしまっていたのですが、締め切っているうちに反りが直って開くようになり、とりあえず安心。 そして、長い1日は、まだまだこれから。後編へと続きます。
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夕食片付け中に硬直し、ぱにーニィに抗不安剤を投与されて横になる。
バスの運転手さんが高齢で、お勤め最後の運行だったから、奥さんと「長年お疲れさま」と労うために見守っていた。 と、最後のお客様が降りるや否や、会社の若いもんに始末されちゃいました。 殴り倒され、弾を撃ち込まれている。 離れていても、バスの窓越しにゴム毬のように打ちつけられる運転手さんの姿が見え、うめき声や殴られてあちこちにぶつかる音が鮮明に耳に残ってる。 奥さんが悲鳴をあげて駆け寄ろうとするのを、見つからないよう制止していて目が覚めた。 心臓はどくどくと波打つ。 ぱにーニィが、「ここは巣だから。今が現実。ワンもさとやんも存在してますぜ」と落ち着かせる。 目を開くと巣の景色。さっきまでのわたしは? またまた混乱。 また休む。 今度は、病室で入浴中、わたしは痙攣して死亡。 その身体を自分が見ている。 自分は、とりあえずわたしの服を着て、身体はタオルごとロッカーに突っ込んで部屋の外へ。 と、部屋がロックして入れなくなる。 小窓から覗くと、目を見開き、弛緩したわたしの身体が半開きのロッカーから転がり出てる。 しょえー。こりゃマズイ。 とおるちゃんだか兄だかぱにーニィだかに助けを要請。 二人で病院に忍び込む。 迷路のような病院内を、追っ手の看護士さん達を巻きながらやっと元の部屋に辿りつくと、玄人さんの幹部とおぼしき方が、黒服や美女を従えて入床中。 青黒く不透明に変色したわたしの身体は、明るい陽射しの窓辺に放置してあり、よく見ると痙攣してる。 「ありゃっ、蘇生してるわ」 とおるちゃんか兄かぱにーニィが、入院中の玄人さん方々をおびきだしている間に、わたしは自分の身体に巻き付いて床でごろごろしてみる。 と、二本の粘土をこね併せたみたいにぐにゃんと合体。 あー良かった。 痛みはないから、まだ腐ってないや。 メデタシメデタシ。 その間に、とおるちゃんか兄かぱにーニィが黒服さん達にボコボコにされてる。 ゴメンゴメン。 慌てて加勢に駆け寄る。 そこで目が覚めた。 あーくたびれた。 ポカリを飲んでまた再入眠。 今度は、母が西村豪さんに説教を論じている。 うーん、また干渉してるよ。 困り顔の豪さんにお茶を淹れ替えて勧めながら、わたしは内心、身の置き所がない。 そこで目が醒める。 わりと毎日がこんな調子なんで、朝が来るとへとへと。 落ち着く為に水没する。
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夕べ、硬直していて、解けあがりホカホカのナイスタイミングにじみぃ師匠からメールを頂戴する。
書いて吐露することで「王さまの耳はロバの耳」的に気持ちの捌け口ができたお礼を言う。 じみぃさんにblogをご教授願った本来の目的を大きく逸脱してはおりますが。 元々は、三線デビューを果たしたぱにーニィのサポートとして結成する予定だったグループのホームページを作るはずでした。 んで、今わたしが所属している沖縄バンドのホームページが、代表者と故とおるちゃんしかいじれないから、管理職で多忙な代表者に代わって、リンクを貼って活動状況や関連グループのライブ情報、沖縄情報あれこれを発信するはずだったわけ。 それが、わたしが生存していることを親しい方々へご報告のついでに、兄への愚痴&わたし個人の日記という役割を担うだけのこのblogにすり替わっちゃった次第でして…。 てへっ。申し訳ない。 母が退院して、しーみーや大祭が終わって、刺激の渦巻く外の世界に出なくてもよくなれば、良い子でも安心して読める、無難で社交的なblogを設立し、二本立てでやっていきたい所存で御座います。 じみぃ師匠、その折には、また宜しくお願い申しあげます。 ぱにーニィは、最近、パソコンに疎いわたしに代わってblogの管理に余念がない。 さとやん、次の原稿まだー? 40人の読者が待ってんのよー。 たまたまのご来訪者でしょうが。 誰も待ってないっちゅーねん(怒 ![]() カウンターが気になるなら、『未亡人さとこの憂鬱』とか、ヒットしそうな題名にすりゃよかったんじゃんかよー。 ハイ、編集さん、原稿上がりました。 |
すごく寒い。
三時に目が覚め、二時間水没。 口渇あり、脱水予防にスポーツドリンクを激しく飲む。 やっぱし、この間転落してマブイおとした? あ、そういえば、ちゃんたんもお水よく飲むようになった。 もしや、ちゃんたんもタマシヌガしたか?(笑) 午後、国立病院へ行き、母と退院の打ち合わせや不要な荷物の引き上げ。 明日はゴミ出し日だから里も整頓。 帰り道で、仕事帰りのぴよ子さん号に遭遇する。 手を振り合う。でーじ嬉しい。 夜、ぱにーニィがお仕事に来たから、ダイエット定食を共にする。 ![]() 今夜のメニュー ・ごぼう・春菊・ウインナー・焼き豆腐・にんじん・だいこんの寒天スープ ・麦ごはん ・皮つきふかしジャガイモ ・レンジで丸ごとチンの玉ねぎ ・メインは、ぱにーニィが一山300円で買ってきたニシンの継子焼き。 なんで継子かってーと、ニシンに『明太数の子』という実子と養子をのせたから。 複雑な家庭環境を美味しく頂きます。 ニシンは、ザルに13匹入っていたそう。 我が家の鈍器と化している包丁で、ぱにーニィが四苦八苦して9匹捌き、後は丸ごと塩を振る。 うちの包丁は、以前、わたしの自殺企図があった頃に、ぱにーニィが全部刃を潰してしまったの(笑) 三枚におろしたのは、酢漬けにして山椒の新芽で食べるつもりだったけど、酢に浸ける前に塩焼きで食べちゃった。 ニシン最高です。
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