2013,3,28 あ~。ワジワジーするぅ~。  はっさよ、更年期? 
明日は母の国立病院眼科初診の日。


県外にいる兄も、仕事をなんとか遣り繰りして帰ってきて、
受診に同席してくれるそうで、安心。





お彼岸の18日のこと。

ぱにーニィに運転手をお願いして、母と三人で、一時間半ほど車を走らせて隣の県にある母方のお墓参りに出かけた。


ぱにーニィは、お墓掃除には慣れているので、役割分担しなくても三人でサカサカと掃除が進み、
母のご先祖のお墓さん達はみるみるこざっぱり。


お掃除中、ふいに母が右目の不調を訴え、急遽、帰り道の眼科クリニックを探して飛び込みで受診。


診断名は老人性黄斑変性症。

網膜を破って眼球内に出血をしており、視力回復は見込めないとのことだった。


手元や標識が見えず、距離感もないから、当然、運転は不可能。


眼科クリニックから、国立病院へ紹介してもらい、初診が明日というわけ。


もしかして、ご先祖の何かのお知らせか、
わたしがまた何かの粗相をやらかしていて、周囲に波動が及んでいるのでは…とも悩んだが、
兄とは、「ご先祖が、母の危ない運転を見るに見かねて、止めるきっかけを作ってださったのだろう」と話してます。


翌19日は、わたしたちフーフの恩人である職場の理事長の告別式。

バスで出てきてくれた義父母と駅で合流する。

里の母は、列席を辞めると言ってたのに、なんと、路線バスを使って駅までやってきて、四人で参列。


母は義父母に対して、たとえ身体が不自由で運転ができなくても、公的交通網を使って自分で自由に活動できると、身をもって呈示してくれたわけです。

わたしがあれこれ抱え込まないようにと考えた、母の愛情の形ですね。
ありがたやありがたや。


わたしは、ここ1ヶ月の必要経費を算出し、母と義父母に
「あと数年は遺族年金と蓄えで必要な生活費は捻出できるから、その間は再就職を焦らず、静養させてほしい。 その間は巣に籠って、

・カウンセラーの指示に従い、呼吸法やスイミングの実践
・演奏の上達(無理~)
・ぱにーニィの事務所の簡単なお手伝い
・取得や更新手続きが私でも出来そうな資格探しなど…。
でのらくらと自己啓発に努めます!」

と宣言したばかりだった。


当分は母の送迎や、家業の行事に同行、ごはんを食べに行く、ライブに誘うなど、落ち込みがないように、あちこち連れ回したり、毎日電話で連絡を取り合うつもり。
わたしが力尽きて倒れるまでは(笑)。


同時に、
・障害手帳や行政の下調べ
・今の家での生活改善
・今後の為にアパートや中古住宅捜
・活動圏内の路線バスやJRの時間割の把握
・買い物や通院のシミュレーション
などで頭の中は満杯。

あーん。
脳ミソ足りないよ~。


今日の予定は

1、観光案内所に4月から改正になる路線の時刻表をもらいに行く。

2、母が兄に持たせるようにお土産を準備。

3、母の千年灸ともぐさと点温膏、義父のマスクを買いに薬局へ。

4、アパート・中古住宅下見

5、足が痛い母が、自分で台所の椅子に座ったまま足浴できるよう、バケツ・柄つきボディブラシ・入浴剤・ひしゃくを購入。

6、ハウジングセンターにて据え置き便座のサイズ確認・雨どい修理パーツ入手。

7、時刻表を母と義父母用に拡大コピー。


ただでさえ、大量出血にてリハビリパンツ着用中、貧血と生理痛でふらふらなわたし。
人中と音が苦手だからこんだけですでにヘトヘト。

不要な気苦労で硬直してたら、
ぱにーニィがやってきて、おもむろにわたしの硬直をポキポキ解いて、
目に蒸しタオルを載せて去って行った。


介護されつつ介護する~。
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[2013/03/29 03:09] | ・お医者さまの管轄 | page top
とおるちゃん、コンパクトサイズになる。
釘を打たれた柩が、火葬場の炉の中へ送りこまれるのを阻止しようとして、わたしはみんなに取り押さえられました。

だって、みんなそれでいいの?腐ったってとおるちゃんはとおるちゃんだよ。
焼いちゃったら、もう、とおるちゃんに触れることは、永久にないんだよーっ。
号泣。


ドアが閉まり、義父が点火スイッチオン。

親族以外にも、親しい友人が焼き場までついてきてくれていたようです。

自己紹介されて挨拶を返したけど、上の空で覚えていません。わざわざ来てくださったのに、わたしったらお礼もいわず、どうかしてました。妻失格だね。


暫くして「焼き上がりました♪」のアナウンス。
焼きたてアチコーコーの骨に仕上がったとおるちゃんの登場です。

みんなにたくさん拾ってもらいました。

とおるちゃんはブルーが好きだから、奮発して綺麗な瑠璃色の骨壺を購入。
きみ、なかなか似合ってるよ。
妻はちょっとニンマリ。

ただ、入りきらない遺骨を残していくのはいたたまれず、あらかじめ準備していたQooのスチール缶にもありったけ詰める。

義母とわたしは、それぞれがホカホカの遺骨を抱っこし、お互いに満足。


だもんで、祭壇には骨壺がふたつ並ぶことになりました。

きっと、来てくださった方々は、「おんや?」と首をひねられたことでしょう。
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[2013/03/28 10:35] | ・過去のあたす。 | page top
ぱにーニィのダイエットケアプラン、さとこ、全面的に支援いたします!
ぱにーニィは、わたしをお昼ごはんに連れ出して、ほぼ二人分を平らげたり、わたしの実母が届けてくれるウリカメ、ヤレカメ攻撃の山盛りのクワッチーを一緒に食べてくれているうちに、なんと体重五㎏増量↑のお徳用サイズとなりました。

てなわけで、罪滅ぼしの為に、巣に持ち込みのお仕事がある日は、わたしがダイエット食攻めにすることでケアプランを作成。

長期目標『夢と希望のある、モテモテな老後を迎える』
短期目標『噛んで食べることを覚える』(前世がわんこだった記憶からか、噛まずに飲んじゃう為)

サービス内容は以下の通りです。

1、野菜は大きく硬めに調理
2、白飯禁止。玄米・麦・雑穀・寒天をフル活用する
3、食前に寒天ゼリー摂取を促す
4、発酵食品(醤油・味噌・ヨーグルト・チーズ・古漬け・納豆等)は必ず使用
5、もずく・海苔・ワカメ・ひじきがメインのおかずを常備
6、般若心経勤行は、なるべくぱにーニィがいる時間帯を選ぶ。読経中、ぱにーニィが、両腕に錘をつけて テレビ回転台でツイストできるように。


今日は、ぱにーニィがお仕事をしに来る日。
晩御飯は
・玄米
・菜の花の吸い物
・蒟蒻・昆布・大根・ごぼう・人参の煮物
・焼き豆腐とキャベツと春雨の卵閉じ
・ホウボウの塩焼き
・蕗の薹味噌
・ウドの煮物
・ナバナのカラシ和えです。
ダイエット食

でも、お昼は牛丼(大盛り)だったそうです。
…。
意味ないじゃーん。
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[2013/03/27 22:50] | ・主な登場人物紹介 | page top
さみしがりやのとおるちゃん、にぎやかに送ってもらえてよかったねー。
国立病院を出発したとおるちゃんの身体は、私たちの巣を経由し、実家の仏間へ。
告別式までの3日間、わたしは片時も夫のそばから離れませんでした。ずっと髪の乱れを直したり、頬や額に触れたり組み合わせた手に自分の手を重ねたり。
一秒も目を離すのが嫌で、告別式までは眠りませんでした。
お通夜にも告別式にも、たくさんの方々がおいでくださり、にぎやか大好きな夫は、とてもうれしかったにちがいないです。

顔に落書きされかけたり、号泣する男の友人に接吻されたり、鷲づかみにされてがしがしゆすられたり(笑)
その都度、私は髪の乱れを整えます。だって、少し薄くなってきていた頭頂部をとても気にしていたから。夫がきちんとした姿でいられるように、さりげなくサポートするのが、妻の役目だもーん。

それでも、亡くなって四日目に告別式を迎えた夫の身体はむくみ始めていて、カッチョいい姿でお別れが出来なかったのが、ちょっと残念。

バンド仲間が演奏で送り出してくれました。
とおるちゃん、きみはほんとに幸せだねえ。
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[2013/03/27 16:54] | ・過去のあたす。 | page top
義父母とデート。らんららん♪
今日は義父の月に一度の受診日。

義父の病名は側頭葉てんかん。
外傷性のものだから、以前どっかで頭をゴッチンしちゃったみたい。

発作は数十秒で、その間は動作が停止するだけ。その間、痛みもないし、当人は気づかないから、病識がありません。

時々、食べてる最中に、コップからじょぼじょぼコーヒーをテーブルにこぼしたり、トイレで発作があると、身支度を整えずにでてきちゃったりするから、オシャレさんの義父が面目丸潰れにならないよう、なるべく気を付けてます。

当然、運転はできません。
運転手の仕事に全霊を注いでいた人だったから、心の拠り所を失っちゃいました。
気持ちの落ち込みが激しいから、自由にいろんなところに連れて行って差し上げたいけど、わたしもウツだから気力が持たなくて対応しきれない。

義父、こんなダメな嫁でごめんなさーい。


義父母は中山間地にある自宅から40分ほどかけて、路線バスで市郊外の病院まで出てきてくれます。
わたしは、病院で合流して、買い物に回り、お昼ごはんを一緒に食べ、一緒に自宅に帰ります。

ご先祖と夫の仏壇に山盛りごちそうをお供えし、自宅そばのお墓にお参りしてお花や、沖縄線香のヒラウコーや、ジュースやパンや煙草をお供え。
そして、墓石に(^・^)Chu♪

カラスのカー子一家が傍で待機。
「待て待て、ご先祖さまととおるちゃんが食べてからッ」

コイン精米所に行ったり、家族と団らんしてから暗くならないうちに巣に向けて出発するのであります。

自宅は谷間だから、救急車が出動すると、ぴーぽー音がコダマして、延々と聞こえます。
聴覚過敏なわたしは、それだけでパニックで過呼吸になっちゃうから、義父も義母も慌ててテレビの音量を大きくしたり。

でも、実は、テレビの声すらだめなんっすけど(笑)

嫁の体調を気遣ってくれるやさしい二人に感謝です♪


帰ると、義母がいつもわたしの好物を持たせてくれます。

今日は、蕗の薹味噌・ナバナのカラシ和え・リンゴ・空豆の煮物。
喉を通らないわたしの為に、どれもちょっぴりずつ。

何故か、熱燗に合うものばかり(笑)。

みなさーん、義母は実はさとこをアル中にするつもりですよー。
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[2013/03/27 10:36] | ・お医者さまの管轄 | page top
最愛の夫、とおるちゃんの事故について。


この日、とてもよい天気でした。
私は出勤で夫は休み。早番だったから、定時に終わって迎えに来てもらい、フラフラとのらねこ探しドライブでもしようねと約束していました。

で、夫に乗せてもらって職場に向かう途中、遅番だったことに気づきました。
いつもなら「なんだだー、がっかりだわ」と文句をいわれるところですが、なぜかこの日は、「じゃあ、時間があるからモーニングでも食べるか」なんて言ってくれ、国道沿いのファミレスへ。
モーニングを食べて出勤なんて初めてだったから、なんだか贅沢で幸せな気分でした。
食べ終わって職場に下ろしてもらい、バイバイと手を振って別れました。

早番は17時終わりですが、遅番は18時半まで仕事です。
夫はその日、自分と私の車のメンテナンスをするつもりだと話していました。珍しくメールのやりとりも頻繁で、「これから久々に血液検査に行きまーす」が最後。

夕方、義母から夫がバイク事故で国立病院に運ばれたと連絡がありました。

六時半までの電話番と玄関施錠が遅番の仕事だし、車がないので、帰れません。
同僚が遅番を替わってくれ、課長に乗せてもらって国立病院の救急へと向かいます。

車内で、保険屋さんと私の母に電話。三つやっていたバンドのうち、ふたつのライブが目前だったから、それぞれのメンバーにも「たぶん出られなさげですわ」と連絡。

横転したバイクが路上で交通の妨げになっているとのことで、走り屋仲間で音楽仲間、半蔵自動車やさんに撤去を依頼。

そのあとは、ひたすら祈るだけでした。

国立病院に着くまでに、何時間もかかったように思いました。

救急に飛び込むと、医師の説明を聞かされました。
「内臓が破裂しているので、意識はない。延命に全力を尽くしているが、家族全員が揃うまでは難しい。」

処置室に通されました。のどに挿管され、モニターと点滴をつながれた姿。半開きになった目を見つめました。
一目で、奇跡はおこらないだろうとわかりました。
廊下のソファで待つように指示され、よろしくお願いしますと言って室内を出ました。

夫の職場の上司や、バンドメンバーも来てくれました。
義父母と義妹一家は、警察の事情聴取でかなり時間を取られ、渋滞にもひっかかり、ようやく全員がたどり着いた時には、すでに夫の身体は全ての装置から解放され、ひっそりと寝かされていました。

事故発生は17時17分頃。死亡時刻は18時33分でした。

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[2013/03/26 05:19] | ・過去のあたす。 | page top
2013,3,24 夜間せん妄を逆手にとる?

前夜も2時半にはパッチリと目が開き、汗だくなのでシャワーを浴びる。

部屋に戻り、扇風機を回していなかったことに気づいてスイッチオン。
これで眠れるかな。

身体が重く、床にめり込む感じ。
体重35キロの体ではソーキが当たるから、落ち着く体勢を見つけるのが難しい。

夫存命中は47キロあったのにー。

扇風機の風で寒いが、空気が流動していないと息苦しいから仕方がない。

何度も寝返りを打ちながら朝を迎える。
歯をくいしばるせいで、朝にはいつも、肩がガチガチに凝っている。
肩コリ緩和薬や処方の眠剤を飲めばいいのだが、どうにも身体を起こす気力がない。

頸椎症のぱにーニィは、首の牽引に整形に通院していて、親切なドクターが痛み止めにホイホイと肩コリ薬を処方して下さる。
だもんで、わたしもホイホイと失敬して流用させていただくのであります。
ドクター、ありがとうございます。

6時半、汗だくなのでまたもシャワー。
すっきりしたところで、神棚と菩薩様&夫にお水をお供えし、般若心経勤行。

またまた気力が途絶えて横になる繰り返し。


久しぶりに沖縄の風が生まれる島に住む友人からメールが届いた。
「21日、娘が小学校を無事卒業しました。5人で卒業しましたが、2人転出するので、中学校は3人でスタートします。」

だから離島は同級生の絆が強いんだね。


夜、オツトメを終えたぱにーニィが安否確認&持ち帰り仕事をしにやってきた。

しばらくマッサージしてもらい、ようやく熟睡。

23時に目が覚め、スカッと元気になったので、カラオケBOX強化トレーニングに行くことを思い立つ。

わたしが「送るから呑んでいいですよ」と言うと、ぱにーニィは、嬉しそうにイソイソとビールやおつまみを準備。

マイクが苦手なわたしは、以前からライブが近くなると、自主トレに行っていたが、ぱにーニィが「えーッ、そんな楽しいこと、一人ですんなよっ。」とごねてからは、一緒に行くことが多くなった。

もともと洋楽一筋でロッカーのぱにーニィが沖縄の音楽の魅力にハマったのはそれから。

昨年、マイ三線も手にいれ、みるみる上達。が、洋楽がベースにあるから、どうしても裏にアクセントがついてしまうのが自分でも気になっているみたい。
なんくるないさ~。

課題曲をメインに、トレーニング開始。

『上を向いて歩こう』『赤いマフラー』『上海帰りのリル』をぱにーニィが歌い、わたしが三線を弾く。

『悲しくてやりきれない』『あんまー形見の一番着物』『肝がなさ』をぱにーニィが弾き、わたしが歌う。

ぱにーニィが大島保克さんの『流星』『イラヨイ月夜浜』を弾き語る。

合間に次々と軍歌を入れるので、わたしは休む間もなく戦友、露営の歌、月月火水木金金、加藤隼戦闘隊、戦友の遺骨を抱いて、愛馬進軍歌、と歌う。
うわーん。スパルタだよーん。

そして、沖縄本島の許田道の駅で買ったピーヒョロ笛の『海音(しおん)』で『リンゴの唄』『青い山脈』をぴ~ひょろろ~。

…。
本番でぴーひょろできるほど上達する日が、いつか来るのかしら。
てなわけで、4時になったらもうへろへろ。

みなさーん、さとこは今日も生き延びましたよー。
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[2013/03/25 10:24] | ・今(なま)ぬあたす。 | page top
2013,3,23 ブログ界のドアを叩く。ピンポンダッシュかも。
とうとうblogができました。
やったー。
でーじ肝どんどんやっさー。

今日、私たちフーフの愛の巣に、プロフェッサーじみぃ氏が、blog作成の指導にお越しくださったのでございますよ。

今日は、わが夫の3年と6ヶ月目の月命日。
なんと、持って来てくださったお花が、いつもわたしを守ってくださっている、『菩薩さま&夫カラー』の紫系で、感激。
花


ぱにーニィ氏の先導で三人で般若心経を唱えました。

じみぃさんも2008年にご家族を亡くされたそうで、心経を諳じておられました。お若いのに、そんな痛みを抱えておられたなんて知らなかった…。

ぱにーニィは真言宗。夫の家は曹洞宗。
じみぃさんは、ぱにーニィが唱えるお経を幾つか知っておられましたが、真言宗ではないみたい。わたしはパソコンにからきし弱いから、プロフェッサーじみぃ氏のご指導はぱにーニィが一手に引き受け、その日のうちにblogほぼ完成。

じみぃさんもぱにーニィも、すごーい(拍手ッ!)。


その間にわたしはお昼の支度です。

義母作→畠山葵の醤油浸け、ウドの煮物、カブの酢の物。
里の母作→むかごご飯、春菊の白和え。
ぱにーニィ氏作→かきたま味噌汁、牛肉とごぼうのしぐれ煮、蓮根の甘酢炒め。
わたし作→フーチャンプルー、沖縄おかず風豚足おでん、百合根の塩茹で。

てなわけで、どえらい品数と量のカメーカメー攻撃になりました。
じみぃさん、無理矢理食べさせちゃって、わっさいびーん。でも、懲りずにまたぜひお越しくださいね。
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[2013/03/24 14:51] | ・今(なま)ぬあたす。 | page top
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