FC2ブログ
とおるちゃんの存在感と意思表示 
さとこの冬は

時にウツウツしながらも

慌ただしく過ぎました。


リバーサイドの年末最終の勤務の時に

スーツ姿の複数の来訪者にビビり、

隠れる場所を探しながらお仕事していたら

じわじわ包囲されてすっかり追い詰められてしまい


いえ、単に、法人上層部の方々が

スタッフひとりひとりに年末の挨拶に回っておられただけなのですけど


いつもと違う雰囲気にすっかりパニックになったさとこ、


夕方、見回りとポーチの中のお仕事小道具チェックを行った際に

指先代わりとして使っている小さなヘラを紛失していることに気づく。



万が一、高齢者さんが怪我をされたりしたらどうしよう?


血の気が引きました。


顔面蒼白のさとこを見て

部署スタッフの皆さんや看護士長さんまで探し回ってくださる大事になり

「そんなもんじゃ怪我はせんから」と言っていただいたものの


結局、現在に至るまでも事件は起こっていないので
きっとゴミと一緒に捨てたのならいいのですが


職場にない道具を持ち込まないと
他人と同様に働けない自分のふがいなさに


居り場がない気持ちの
お正月休みでございました。




さらにブルーな気持ちを後押ししていたのが

ぱにーニィとさとこがお世話になってる方の
還暦祝いイベント。


招待していただいた そのお祝いの日が近づくにつれ

人生に前向きで華やかに活躍する人たちの中に混じるのが場違いで気が重く


実際、当日もさとこは足が震えて
はた目から見ても痛々しいほどだったそうで


そうはいっても
総合的には大感動の一日であり
祝賀会
(人生の集大成のような還暦ライブ)


今も思い出すと 
素晴らしい催しだったなと心が熱くなりはするのですが




そしてまた
心の隅でいつも不安なのが


秋ぐらいから
故とおるちゃんの気配が


さとこにだけではなく、とおるちゃん家のはてるまにも、全くないこと。


今までは、

とおるちゃんの妹、端井の家の飼い犬が、
散歩中にとおるちゃんにちょっかい出されて何もない場所にぶつかったり
床の間の方を凝視して低く唸っていたり


さとこ外出時には
車から出ると必ず雨が止んだり

ウトウトしている耳元にタバコの香りがしたりと


いろんな場面で
とおるちゃんがウロチョロしている気配があったのです。


ただ、
姪の端井ティーダちゃんが仕事で国内外を飛び回るようになってからは
彼女について行っているようで


さとこ外出時にも雨が降りしきるままとなり、


そんでも、

はてるまの家で
端井一家も集まってごはんを食べるときには

とおるちゃんが仏壇から台所にやってくるらしく必ず廊下のセンサー灯がつく、といった

我が家では当たり前になっていた とおるちゃんの気配が


はてるま母までが「とおる、この頃居らんがどうしたかな」って言う始末。


さとこ、すっかり怠けて とおるちゃん中心の生活ができてないから
愛想つかされたのかな?(。pω-。)




気配がないと言えば


深夜、ぱにーニィどうしてるかなと巡回に行くと

ベッドが空っぽ。


ぱにーニィの愛車ラスカル2号は駐車場にあるのに変だなと思って探すと

ラスカル2号と
(ぱにーニィとラスカル2号)


ぱにーニィ、灯りもつけないトイレの便座に腰掛けたまま
微動だにせず

息をしている気配が無いほどに泥眠していて


ぱにーニィ今度こそ死んでる、と背筋に冷たいものが走る


そんな日々であります。




とおるちゃんの事故があった10年前、さとこは


自分が死んだら処分してほしいと
日記を入れた紙袋を友人ぴよ子さんに預かってもらっておりました。


それが、この間の10年目の命日のあと、

ぴよ子さんが「そろそろ返しても大丈夫だと思う」と
持って来てくれたのです。


開く勇気がなくてそのままにしていたんだけど

調べたいことがでてきたので


ぴよ子さんから返ってきた日記を
思い切って開いてみましたよ




見開きに

「わたしたちの前に立ちはだかる壁は
二人で打ち砕き
扉は二人でゆっくりと開きましょう
そして、感謝と笑いの中で生きてゆきましょう。」

と書き記した
結婚が決まった年からの走り書きの日記です。


今ではすっかり忘れているお店や出来事が書きなぐってあって


さとこの里の母猛反対から結婚にこぎつけるまでの
とおるちゃんの奇跡の行動の日々に
胸がいっぱいになります。


また

引っ越しの時には
半蔵さんととおるちゃんの幼馴染の高橋君が
さとこの嫁入り道具の階段箪笥を運んでくれたんだなあとか


次のページには
「今日は初めてめぐみちゃんが来てくれた♬」って

めぐみちゃんってだれだっけ?


自分で書いておきながら全く思い出せないなんてね(´・_・`)。



さとこ、はてるまのお家に嫁入りした途端に
買って袋に入れたまま忘れてる雑誌みたいに放置されちゃって

とおるちゃんとの会話と時間が一切なくなってしまった孤独に耐え切れず

おねがいです離婚してくださいと切り出したこと(※8月23日だったから8月23日事件)を思い出して

しみじみ涙ぐむと


翌年の同じ日には
「タイムトンネルを通って今のこの幸せを去年の今日のわたしに知らせてあげたい」という一文がありました。


そう書いている18年前のさとこに

今のさとこをどう説明したらいいだろう。


調べたいことは結局探し出せなかったけど

とおるちゃんとさとこの歴史が
しっかりそこにありましたよ。




雇用促進住宅を出て今のとおるちゃんとさとこの巣で暮らし始めて12年目の今年、
2020年1月に入り。

うふあがり不動産のアパート群の火災報知器の交換時期がやってきました。


交換指定日が
丁度、とおるちゃんの月命日だったから


リバーサイドのお仕事が終わり次第
小雨の降る中すっとんで帰ると


ほどなく
うふあがり不動産ケアパートナーズの中原さんが来られて

火災報知機の交換は数分で終わりました。


作業が面白くて
側にへばり付いて見てたら

中原さんのインパクトドライバー、ライトがついている!


薄暗い場所でも手元が見えやすいし
ネジの影も出来ないんだって。


いいなあ~。


まあ、さとこにはそう必要ないんですけどね。




作業が終わったことをぱにーニィに電話すると

愛車ラスカル2号で迎えに来てくれました。


月命日お食事会に出発なんです。


ぱにーニィ 「とおるは何が食べたいだ?」

とりあえず行ってみたらわかるへんかな?
雨がザーッと降ったら嫌だってことだろうし。


てなことで、とりあえず走り出します。


ぱにーニィには珍しく 「スシローかな?」って


えっ。実はさとこの頭にも
今それが浮かんだの。

きっと、この間、はてるま父母と行ったら超満員で入れなかったから
とおるちゃん残念がってるのではないでしょうか。

そんならスシローさんにレッツラゴーですな。


ところがその日も待合席にギッシリの人たちで

残念だけど諦めようって


ぱにーニィが再び「うどんの文吉かな?蕎麦もあるし」って

言ってるそばから
雨がすこし強くなったように思いますが


とりあえず入ってみるか、と、文吉さんの駐車場に止まり
雨の中へと出ますと

ぱにーニィの愛車ラスカル2号、何度やってもキーレスエントリーが利かずロックができません。


ぱにーニィ 「電池がないのかな。…まさか、とおるの仕業かな」


とおるちゃんお寿司がいいなら、カッパ寿司さんはどうかなということになり

ラスカル2号にふたたび乗り込んで向かいます。


カッパさんは空いていたので

ラスカル2号から降りますと

今度はあっさりロックできました。


なーんだ。
やっぱりとおるちゃん、お寿司が食べたかったんだね。


さあ、じゃんじゃん頼むよっ
2020年1月の月命日

食べながら「うそぉ」を繰り返しつぶやくぱにーニィなのでありました。




そんなわけで


2月の月命日も

2020年2月の月命日1
(半蔵さん彼女ちゃんとぴよ子さんからもらった、とおるちゃん好みのスイーツお供え)


再挑戦のスシローさんは相変わらず満席で
カッパさんへ、という流れ。
2020年2月の月命日2 2020年2月の月命日3
(カッパさんはかんぴょう巻きがあっていいですね。あと、スイーツも豊富だし♡)


3月はどうなるかな。



何にせよ

とおるちゃん、やっぱり時々はさとこの傍に帰ってくる気があるようで


さとこ、安心いたしました(゚∀゚)

スポンサーサイト



[2020/03/01 07:22] | ・とおるちゃん命日とムヌチねーねーのお話 | page top
10月、とおるちゃんの10回目の命日と、はてるま母胃カメラ検査前半。
毎年、オリオン座流星群の極大日が過ぎるとすぐに

とおるちゃんの命日です。


10年目になろうとする2019年の10月の夜、

雨雲が薄く被った向こうに

三日月や明るい星々は見えたけど


空を見上げたまま星が流れるのを待つには

さとこ、視力も腰も衰えてしまっていて


早い時間に諦めました。


あの年の流星群、
とおるちゃんが見に行こうと誘ってくれたのに

翌日の仕事が気になって断ってしまったこと


今もずっと後悔しています。


10年かあ。


悲しみでとっくに死んでると思ったのに


まさか今も のうのうと元気に暮らしているとは

我ながらビックリですね。




衣替えの度に、
以前のズボンを広げてみるのですが

穿けないヤツがいっぱいあります。


ウエストが入らんというならまだしも


膝とふくらはぎが入らんって

どういうことだ?


「未来をかんがえると太る」って
なにかで読んだけど


翌年のカレンダーやスケジュール帳を予約したり

来週や来月の予定を入れることが
普通にできるようになった、今のさとこ、


鏡の向こうの自分を見る度に まったくその通りだなと思います。




はてるま母、

6月の胃カメラ検査で
胃体部早期胃ガンの疑いもある腺腫が見つかり


7月に再検査の予定が
血圧が高すぎて延期になり


再挑戦で
とおるちゃんの命日の9時から予約してありました(→胃カメラ検査、前回の記事)。


先月の診療所受診で

主治医から、
腺腫を切除する手術の入院日の確認があり

以来、義母は「ガンじゃないんだから入院も手術もせん!」と荒れていたので


検査の送迎と付き添いを申し出たけど


「姉さん(とおるちゃんの伯母)と一緒だから大丈夫だ。来んでいい」と拒否されてしまいましてね。


朝、はてるまの家に着いて
義父とソワソワしながら義母の帰りを待ってたら


お昼過ぎてから

伯母ん家のお嫁ちゃんの運転で義母が送ってもらって帰ってきましたよ。


義母、車を降りるなり 「胃カメラはやめた。」


さとこ 思わず 「えっ?」


義母、拒絶感を全身にみなぎらせ

「だって、検査に失敗しても責任はとらん、なんて書類に名前を書かせるだぞ。
それに、入院せんなんて自分は聞いてない、ってがみがみ言う医者は好かん。
だから やめたった。」


どうやら、ただでさえ不安なところへ怒り心頭で血圧が跳ね上がり

またしても検査できなかったようでございます。


いや~。
でも義母、インフルエンザのワクチン接種でも、同意書は必ず必要なんだよ。


主治医から

12月25日に再挑戦だ、
今度こそ絶対胃カメラ飲んで
正月明けに入院だ、と

念押しされてきたんだそうです。




近所に一軒だけあるお食事処で
義父母と3人で遅い昼食を食べ


その足でスーパーに向かって買物も済ませ


3人でとおるちゃんのお墓にお参りして。


義母、「とおる、お前が守ってくれたおかげで胃カメラを飲まずにすみました。ありがとう」って拝んでます。

2019年10回目

久しぶりにストレリチア(極楽鳥花)を買いました。


とおるちゃん、お願いだからこの極楽鳥に乗ってさとこを連れて行ってくださいと
見つけるたびに買って立てていたお花です。


タバコと、とおるちゃんの好きなメイプルシロップたっぷりのホットケーキをお供えする。
たばことホットケーキ


どなたかがコーヒーをお供えしてくれてました。
どなたかがコーヒーを


10年経っても命日を覚えていてお参りしてくれる友人がいる。

とおるちゃん、きみはなんて幸せなんだろうねえ。




義母も胃カメラ騒ぎで疲れているようなので

いつもより早めに
はてるまを出発しました。


この道、

とおるちゃんに乗せてもらって通ったのと同じぐらいの年数を

さとこは自分で運転して
はてるまへ往復していることになります。


対岸のイチョウが色づいていくのを見るのは苦しいです。
イチョウ並木


はてるまのおうちにも植えたいって
とおるちゃん、繰返し言ってたからね


今年は
あの年よりも日没が早い気がしますね。


とおるちゃんが望んだように

ふたりで高齢者施設リバーサイドに転職して

はてるまのおうちで同居生活をしていたら

あの事故はなかったんでしょう。

あのカーブ




とおるちゃんとさとこの巣、
換気扇が壊れて修理待ち。


おうちごはんが作れないから

結婚前によく行っていたレストランに
ぱにーニィが連れてってくれました。


そうなんですが。

さとこ、…不思議に記憶が曖昧なんですよね。


だって


朝起きたら
テーブルの上にお肉がある。('ω')


何が何やらわからんので
ぱにーニィが来るのを待って聞いてみました。


夕べ、さとこはドライカレーと焼酎お湯割り、ぱにーニィはラーメン定食を注文したんだそうな。


ほんとだ。
写真がある(゜o゜)
ドライカレー

たぶん麦お湯割


ぱにーニィ、ラーメン定食って
もしかして、サービス弁当の味噌汁代わりにラーメンを頼んだのか?
ごはんの大盛りぶりもアッパレ。
お弁当から溢れんばかりのごはん


さとこは、
「あの頃はサンドイッチとか、かき氷ミルク増量とか、キノコサラダとかをよく注文していた」とか
よくしゃべり、

お店を出た後もハシゴすると騒いだとかで


ケンタッキーフライドチキンを買い与えてなだめたんだそうです。


さては…とおるちゃん?


ヒョーイだね!ヒョーイだよね!!
とおるちゃん


ぱにーニィが

「とにかく今日ははてるまの家から無事に帰ってくれてよかったよ。

だってアナタ、
以前は 命日の度に

切ったり飲んだり 呑んだり切ったり 切ったり飲んだり 呑んだり切ったり
それはそれは大変だったからね!」

ですって。(゚∀゚)

 (注:切るはカミソリ、飲むは眠剤、呑むはアルコール度数60度の花酒)




ぴよ子さんからも
毎年、とおるちゃん宛のメッセージが届きます。


 『10年だねぇ。
 10年かぁ。
 早くて長かった10年だよねぇ。
 色んな事が変わって、平成が令和になったりして
 さとこさんもぱにーニィさんもバンドの仲間たちや友人たちも私も、少しずつ変化あって、
 当たり前なんだけどもね。

 変わらんのは1つだけ。
 これからもずっと
 さとこさんとはてるま家、さとこさん生家の家族と、みんなを見守ってください。そんだけ。

 できれば明日か明後日か、今月中には巣に伺おうと思っています。

 ほんでは、またね😄✋

 あ、最近はさとこさんの夢には出演してんの?
 ご無沙汰なら、今日は出演してんもいいんでない😄
 じゃぁね~(*´∀`*)ノ』


ぴよ子さん、とおるちゃんとさとこの一生の友達です!!(*'ω'*)




義母の胃カメラについては後半に続きますのよ…

[2020/02/12 14:58] | ・とおるちゃん命日とムヌチねーねーのお話 | page top
とおるちゃん命日におさらいすることは「この世の人間が幸せなら、グソーの方も幸せ」ってこと。
さとこがとおるちゃんと初めて出会ったのは二十歳の頃。


友人に誘われてみんなで呑みに行き

二人だけでおしゃべりしたのは
その帰りに自宅まで送ってもらった時でした。


宇宙の話題に夢中になり

お気に入りの星は みなみのうお座のα星、フォーマルハウトだって話したら

とおるちゃんは「こんな変なねーちゃんとはかかわり合いにならん方がいい」と思ったそうだ。


そのとおるちゃんと結婚することになるなんてね。


人生って不思議です。





今年の命日の前夜、ハウスクリーニングのお仕事の
指示書を受け取って
名前を見てびっくり


フォーマルハウトだって!


明日が夫の命日という日に
記念の星の名前のアパートの依頼が来るなんて✨


こんなジャストな物件をいただけて幸せです、って
さとこのボス、御賀茂リーダーにお礼のメールしましたよ。


とおるちゃん、
さとこのこと、今も見ててくれてるんでしょう?





久しぶりに一緒にお風呂に入ろうか


お酒を持ち込んで
とおるちゃんの写真に話しかけながら

のんびり過ごしましたよ

お風呂でゆっくり


2009年のあの日から
プツッと連絡が途絶えて


とおるちゃんから着信がないか
何度もケータイを確認したり


とおるちゃんの姿がどっかにいないか
あちこち探し回ったり


さとこは


何年も


時間が止まった世界をさまよっていました。





命日にはいつも


沢山のご馳走をはてるまのおうちに持って帰ってお供えします。


とおるちゃんはあの日、

内科で採血検査を受けて

はてるまのおうちに車のコンパウンドを取りに帰って、すぐに折り返し出発し


真っ赤に染まった幻想的な夕焼けの中
事故発生推定時刻、17時18分。


お腹がペコペコのまま死んじゃったんだから、

美味しいものいっぱい食べさせたいんです。




今年も稲刈りが終わる季節になりました。

稲刈りの後1


今年も鴨さん達がやってくる季節になりました。

1、鳥さんたち。



いつも読ませていただいているblogさんに書いてあった

「別れの悲しみは、必ずときが癒してくれます。
時は死んでいった愛する人の魂であるのかもしれません。」

という言葉が


今では、とてもよく分かります。



道路をふさぐ鴨さんたち。
3、ぞろぞろ。


Gメン'75 みたいだね。

2、Gメン75



職場のブラインドから差し込む夕日を覚えてます。


秋の日が暮れるのはあっという間で

病院に向かう道は
車のテールランプの赤が
遥か向こうまで並んでいました。


救急処置室に駆けつけて間もなく、


18時33分に死亡宣告。


仕事にばかり時間を掛けて

家事をおろそかにするダメダメ妻だったさとこですが、


今では
激しい自責の念を伴わずに


諦めを持って回想することが

できるようになってきましたよ。


こんなヨメですまんかったね、とおるちゃん。


そして、
鴨さんのお尻、かわいいねえ、とおるちゃん。
4、わらわら。



とおるちゃんをお墓に納骨する前に、
さとこは遺骨をぽっちりだけ細かい砂状にして

沖縄の海へ流し


こっそり半分残した『カルシウムとおるちゃん』を、


夜はとおるちゃんのパジャマに包んで抱きしめて眠り

職場とお風呂以外は
常に連れ歩いていました。


BEGINのコンサートに行ってみんなが立ってカチャーシーしてたら


ポーチに入ったカルシウムとおるちゃんは
カメラと間違えられてスタッフの方に危うく没収されそうになったこともあり、

そんときは友人たちがガードしてくれたけど

ほんと、焦りました。



鴨さんたち、そこ、通してくれないかなあ。
5、のびのび。



海外に社内旅行に行くことになり


カルシウムとおるちゃんの白い粉末が覚せい剤だと思われて
空港でとりあげられるんじゃないかとか


ひったくりにあったらもう二度と巡り合えないんじゃないかとか


そんなことを考えて不安で不安で
(結局、旅行出発日までに退職したからオッケー


6、てってれー。



すべてがカルシウムとおるちゃん中心の生活だったのですが


3年目の命日の前日のこと。


これではいけないと

八重山のムヌチ(交信できる能力を持つ人)に相談したのです。


稲刈りの後2

7、ぱたぱた。


  
ムヌチの言葉


「分骨は、最初はそれほど問題はないが、年数と共に痛みがでて苦しみに変わります。

毎日お水とお神酒をあげても、
あなたが連れて歩く間は、のどが渇き、力も弱る。

今までは楽しかったかもしれないが、
そろそろ落ち着きたいと本人が願っている。

分骨したままでも良いから一定の場所に安置し、動かしてはいけない。」



8、通ってもよいですか



「死んだ人と生きている人は入り交じれない。
入り交じろうとすれば、生きている人は撹乱され、死んだ人にも悪影響が及ぶ。


グソー(来世)で落ち着いてもらう為に、現世の人には、冥福を祈り続ける使命が課せられている。


この世の人間が幸せなら、グソーの方も幸せです。


掌を合わせてください。

合掌は、左右相対したものがひとつになり、調和を保つことです。


左手は自分を守る神様。

右手に先祖やとおるさん。

胸前で合掌するのは
自分自身と三位一体になって幸せを祈るということです。」



10、ぽくぽく。



命日ごとにムヌチの言葉をおさらいして


自分が係わる物事、ひとつひとつの意味を見直し、


気持ちを新たにしたいと思います。



驚かせてごめんなさいね、鴨さん達。
9、驚かしちゃってごめんなさいね


緩やかに
ただ流されるように生きているさとこですが


いろんな小さな発見にわくわくできる
日々を過ごしています。


こんなふうに
何気ない出会いがあったり

溝猫さん


思わぬ場所で
再会できたり


てくてく猫さん

ゴミ箱猫さん


ちょっと狭いけど
寝心地のよい段ボール箱をプレゼントしてもらったり

新しい巣箱


病気に苦しむことなく

暖かい場所で眠れて

食べたいものを選べて

つまらないことに悩む余裕があって

やりたいお仕事がもらえる。


さとこの今、この瞬間は

小さい幸せの積み重ねでできています。


だから

とおるちゃんも幸せでいてね。

続きを読む
[2018/11/04 22:17] | ・とおるちゃん命日とムヌチねーねーのお話 | page top
命日の記憶の記録。
亡夫とおるちゃんの今年の命日の記憶がないことに、ふと気づいた。


スマホのアルバム見たら、写真がいっぱいある!

おかげで、だいぶん思い出しましたよ。




命日前日、大型台風厳重警戒をものともせず
東京からとおるちゃんの従兄弟が帰ってきた。


命日だということに気づいてなかったから、
たまたま連休がとれたからなんだろうけど、

フライトがあるのか飛ばないのか

ギリギリまでわからないような気象状況で。


この悪天候では、はてるま母を連れて買い物なんてとっても無理なので
台風最接近までに、午前中のうちにさとこが買い出しを済ませてから、はてるまのおうちに帰ったんだと思います。


幸い、ヒコーキはさとこ地方空港目前でUターンなどせずに済み、
無事に着地。


レンタカーを借りた従兄弟が夕方にはやってきて、
お隣に住む義妹の端井一家も揃い、

みんなで楽しく晩御飯食べてる写真がある。


さとこ、なんで記憶がないのかなと思ったら

後日、義母との会話で判明した。


みんなで和気あいあいと歓談中もテレビがかけっぱなしだったんだけど、

義父が衝撃映像番組を観たくてチャンネルを替え、
壮絶なバイク事故のシーンにさとこがパニクったらしい
(とおるちゃんの死因はバイク単独衝突、内臓破裂)。


そんで丸ごとゴッソリ忘れたのか~。


さとこのつるんとした脳みそは、
表面にしか記憶が付着しなくて
ビックリすると吹き飛んじゃうのかもしれない。


夜に暴風域に入るのは確実だったから
道路の冠水を想定して、さとことしては泊まるかもしれない前提で帰ったのだが、

巣に帰らないとさとこの心が休まらないだろうと思った義母が
ぱにーニィにSOS発信し


水浸しになったぱにーニィが、ソッコーで電車で迎えにきてくれたそうな。


わーん、ごめんなさい。


車に乗っている場面だけは覚えている。

真っ暗闇で、滝のように光を吸い込む雨の壁の中を、
振られながら走っていた。


夢じゃなかったんだ~。
軽バンさとこ号、ひっくり返らなくて、ほんと、よかったよ。




その翌日が命日なので、
お墓参りに帰るのに、
またまたぱにーニィが運転手を務めてくれました。


台風は明け方去り、
暖かく、風もない。


いつもの国道沿いの川、少し引いたとはいえ、すごい水量だねえ。

台風後1


この辺は、いつも、山水画みたいに穏やかで美しい岩場なんだけど。

台風後2

堰が見えません。
こんなにぶ厚い水、初めて間近で見たわ~

台風後8


対岸が水しぶきで霞んでおります。
台風後4


濁流の泡が、らせん状で生き物のように姿を変えるんだけど、うまく写せない。
台風後5


道路足元。
崩れたら即死ですね。

台風後6


堰の下流はこんな感じ。

以前の台風で、道路が水没して、JRも運休になったときには
向こうに見える鉄橋の枕木にまでに流された蔦が大量に絡みついていたことがあったから
その時よりは降水量少なかったのかな。

台風後7


とおるちゃんと川遊びした上流も
中州の木々にごみがいっぱい引っかかってます。

あそこまで水量があったんだ~。

普段、こんな天候の時には通らないから
ビックリの連続です。

台風後9


ここは、はてるまのおうちの近く。

まだ結婚して無い頃、
旅行に行くときに待ち合わせした橋です♡

台風後11

まだケータイなんかない時代だから、
浅くて澄んだい水の中を覗き込んで、
おさかな見つけて時間つぶししてました。

通り過ぎるときに見たら
すぐ1メートル下ぐらいまで水の跡がついてましたよ!




…それで。

お墓にお参りしたのかな。

写真がないと思い出せない、さとこのポンコツな脳みそ。


どんな一日だったのか、ぱにーニィに聞いてみなくっちゃ。

[2017/11/20 03:28] | ・とおるちゃん命日とムヌチねーねーのお話 | page top
とおるちゃん8回目の命日が過ぎました
秋、晴れた日は特に、夕刻がせまるにつれ、さとこ不安感MAXです。


息を吐くってどうするんだっけ。
目を閉じても開いても落ち着かなくて

居ても立っても居られない。


空気が澄んだ、幻想的な夕焼けの中。
事故発生推定時刻、17時18分。


職場のブラインドから差し込む夕日を覚えてます。


秋の日が暮れるのはあっという間で
病院に向かう道は渋滞で
車のテールランプの赤が並んでいました。


駆けつけて間もなく、18時33分に死亡宣告。


この町のアパート、今の『とおるちゃんとさとこの巣』に引っ越したのは
2008年の10月だったから

事故までの一年間だけを、生身のとおるちゃんと一緒に過ごしたことになるんだねえ。




夏ごろ、 「お連れ様はどちらですか?」という新聞記事をみつけました。
 ↓

 半世紀以上も連れ添った妻に先立たれた、横浜市の知人男性からこんな話を聞いた。男性は葬儀を終えた後、故郷である佐賀県唐津市の寺に納骨するため、羽田空港から空路、九州へと向かった。

 遺骨を機内に持ち込めることは知っていた。でも入れたバッグがかなり大きく、念のため搭乗手続きの際に中身を伝えた。機内に乗り込み、上の棚にバッグを入れて席に着くと、客室乗務員がやって来てこう言った。「隣の席を空けております。お連れ様はどちらですか?」

 搭乗手続きで言ったことが機内に伝わっていたのだ。男性が「ああ、上の棚です」と説明すると、乗務員はバッグごと下ろしてシートベルトを締めてくれた。飛行中には「お連れ様の分です」と飲み物も出してくれたという。

 「最後に2人でいい“旅行”ができた」と男性。その表情を見ていたら、こちらも温かい気持ちになった。
.



何回も読み直して
いっぱい泣いたけど

とっても幸せな気持ちになった。


さとこは
とおるちゃんを納骨する前に、遺骨をぽっちり分けてもらって
半分を細かい砂状にして沖縄の海へ流し

こっそり残した分をちっちゃなポーチにしまって、
職場とお風呂以外は
常に連れ歩いていた。


BEGINのコンサートでみんなが立って踊っていたら
スタッフの方にカメラと間違えられて危うく没収されそうになったこともあり、
そんときは友人たちが守ってくれたけど、
迷惑をかけてはまずいので、それ以来、コンサートには行くのはやめた。


社内旅行が海外に決まり、断れなくて参加に○をしたものの、
とおるちゃんのポーチが麻薬だと思われて空港でとりあげられるんじゃないかとか
ひったくりにあったらもう二度と巡り合えないんじゃないかとか
そんな不安で気が気ではなく
(義母は「位牌を連れていけ!」と言ったけど、いやいやそれは・笑)


結局、旅行日までに退職したので
その心配は解消された。


お出かけから帰ると「カルシウムとおるちゃんのモビルスーツ」と呼んでいたポーチから
猫のシュガーポットに移し、
寝るときにはとおるちゃんの寝巻に包んで抱きしめて眠るという溺愛ぶり。


すべてがカルシウムとおるちゃん中心の生活だったのですが
3年目の命日の前日に
さとこ、一歩前進したのですよ。




風が生まれる島のムヌチ(交信できる能力を持つ人)に相談したら
  ↓ 

「分骨は、最初はそれほど問題はないが、年数と共に痛みがでて苦しみに変わります。

毎日お水とお神酒をあげても、
あなたが連れて歩く間は、のどが渇き、力も弱る。

今までは楽しかったかもしれないが、
そろそろ落ち着きたいと本人が願っている。

分骨したままでも良いから、とおるさんも水子も一定の場所に安置し、動かしてはいけない。」

といわれましたの。


「死んだ人と生きている人は入り交じれない。
入り交じろうとすれば、生きている人は撹乱され、死んだ人にも悪影響が及ぶ。

グソー(来世)で落ち着いてもらう為に、現世の人には、冥福を祈り続ける使命が課せられている。

合掌は、左手に自分を守る神様・右手に先祖やとおるさん。
胸前で合掌するのは自分自身と三位一体になって幸せを祈るということです。

この世の人間が幸せなら、グソーの方も幸せ。」


そうかあ。
そういえば、とおるちゃんのこと、いつもなでなでしているけれど、
合掌なんてあんまりきっちりしていなかったなあ。


命日ごとにおさらいして
気持ちを新たにしなくてはね。


ほかにもいっぱい教えていただけたので
もし関心おありの方は
過去記事コチラです (→ムヌチねーねーのお話




さとこ、
骨に対しての若干過剰な執着が
もしかしてお仕事に生かせるといいなと思っている


若いころは
遺骨収集事業に参加したかったり、

病院の洗体のアルバイトをするつもりが
ちょっと遺体に対しての尊厳を欠いた内容を耳にしたので
さとこには無理と思ったり

退職したあとは湯かんサービスに再就職を狙っていたら、
そこの会社、もう無くなっちゃって


最近では遺品整理業員の募集を検索してみたり。


生きていた証としての肉体に、
できる限りの敬意をはらえるお仕事をしたいけど


今のハウスクリーニング&おねぎの出荷との兼任は
心情的にも無理なので


沖縄で暮らせるようになったら
そんなお仕事探したいななんて


まあ、家族も自分も高齢になりつつある今、
なんにも具体化してなどいないのですが


こんな感じで
今年もようやく


とおるちゃんの命日を乗り切りました。


さとこは相変わらず根暗でひ弱な精神で
前向きに活発に生きている家族の足を引っ張っていることが心苦しく

居る以上は関わらないといけないから
なんとかフェードアウトして存在を消せないかと悩むけど


ぱにーニイが
もう関わってしまっているものはリセットなんかできないよって


こうやって
一年をただ乗り切っているだけの毎日でも
いつかとおるちゃん迎えに来てくれるかなあ
[2017/10/25 00:55] | ・とおるちゃん命日とムヌチねーねーのお話 | page top
| ホーム | 次のページ>>