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とおるちゃん8回目の命日が過ぎました
秋、晴れた日は特に、夕刻がせまるにつれ、さとこ不安感MAXです。


息を吐くってどうするんだっけ。
目を閉じても開いても落ち着かなくて

居ても立っても居られない。


空気が澄んだ、幻想的な夕焼けの中。
事故発生推定時刻、17時18分。


職場のブラインドから差し込む夕日を覚えてます。


秋の日が暮れるのはあっという間で
病院に向かう道は渋滞で
車のテールランプの赤が並んでいました。


駆けつけて間もなく、18時33分に死亡宣告。


この町のアパート、今の『とおるちゃんとさとこの巣』に引っ越したのは
2008年の10月だったから

事故までの一年間だけを、生身のとおるちゃんと一緒に過ごしたことになるんだねえ。




夏ごろ、 「お連れ様はどちらですか?」という新聞記事をみつけました。
 ↓

 半世紀以上も連れ添った妻に先立たれた、横浜市の知人男性からこんな話を聞いた。男性は葬儀を終えた後、故郷である佐賀県唐津市の寺に納骨するため、羽田空港から空路、九州へと向かった。

 遺骨を機内に持ち込めることは知っていた。でも入れたバッグがかなり大きく、念のため搭乗手続きの際に中身を伝えた。機内に乗り込み、上の棚にバッグを入れて席に着くと、客室乗務員がやって来てこう言った。「隣の席を空けております。お連れ様はどちらですか?」

 搭乗手続きで言ったことが機内に伝わっていたのだ。男性が「ああ、上の棚です」と説明すると、乗務員はバッグごと下ろしてシートベルトを締めてくれた。飛行中には「お連れ様の分です」と飲み物も出してくれたという。

 「最後に2人でいい“旅行”ができた」と男性。その表情を見ていたら、こちらも温かい気持ちになった。
.



何回も読み直して
いっぱい泣いたけど

とっても幸せな気持ちになった。


さとこは
とおるちゃんを納骨する前に、遺骨をぽっちり分けてもらって
半分を細かい砂状にして沖縄の海へ流し

こっそり残した分をちっちゃなポーチにしまって、
職場とお風呂以外は
常に連れ歩いていた。


BEGINのコンサートでみんなが立って踊っていたら
スタッフの方にカメラと間違えられて危うく没収されそうになったこともあり、
そんときは友人たちが守ってくれたけど、
迷惑をかけてはまずいので、それ以来、コンサートには行くのはやめた。


社内旅行が海外に決まり、断れなくて参加に○をしたものの、
とおるちゃんのポーチが麻薬だと思われて空港でとりあげられるんじゃないかとか
ひったくりにあったらもう二度と巡り合えないんじゃないかとか
そんな不安で気が気ではなく
(義母は「位牌を連れていけ!」と言ったけど、いやいやそれは・笑)


結局、旅行日までに退職したので
その心配は解消された。


お出かけから帰ると「カルシウムとおるちゃんのモビルスーツ」と呼んでいたポーチから
猫のシュガーポットに移し、
寝るときにはとおるちゃんの寝巻に包んで抱きしめて眠るという溺愛ぶり。


すべてがカルシウムとおるちゃん中心の生活だったのですが
3年目の命日の前日に
さとこ、一歩前進したのですよ。




風が生まれる島のムヌチ(交信できる能力を持つ人)に相談したら
  ↓ 

「分骨は、最初はそれほど問題はないが、年数と共に痛みがでて苦しみに変わります。

毎日お水とお神酒をあげても、
あなたが連れて歩く間は、のどが渇き、力も弱る。

今までは楽しかったかもしれないが、
そろそろ落ち着きたいと本人が願っている。

分骨したままでも良いから、とおるさんも水子も一定の場所に安置し、動かしてはいけない。」

といわれましたの。


「死んだ人と生きている人は入り交じれない。
入り交じろうとすれば、生きている人は撹乱され、死んだ人にも悪影響が及ぶ。

グソー(来世)で落ち着いてもらう為に、現世の人には、冥福を祈り続ける使命が課せられている。

合掌は、左手に自分を守る神様・右手に先祖やとおるさん。
胸前で合掌するのは自分自身と三位一体になって幸せを祈るということです。

この世の人間が幸せなら、グソーの方も幸せ。」


そうかあ。
そういえば、とおるちゃんのこと、いつもなでなでしているけれど、
合掌なんてあんまりきっちりしていなかったなあ。


命日ごとにおさらいして
気持ちを新たにしなくてはね。


ほかにもいっぱい教えていただけたので
もし関心おありの方は
過去記事コチラです (→ムヌチねーねーのお話




さとこ、
骨に対しての若干過剰な執着が
もしかしてお仕事に生かせるといいなと思っている


若いころは
遺骨収集事業に参加したかったり、

病院の洗体のアルバイトをするつもりが
ちょっと遺体に対しての尊厳を欠いた内容を耳にしたので
さとこには無理と思ったり

退職したあとは湯かんサービスに再就職を狙っていたら、
そこの会社、もう無くなっちゃって


最近では遺品整理業員の募集を検索してみたり。


生きていた証としての肉体に、
できる限りの敬意をはらえるお仕事をしたいけど


今のハウスクリーニング&おねぎの出荷との兼任は
心情的にも無理なので


沖縄で暮らせるようになったら
そんなお仕事探したいななんて


まあ、家族も自分も高齢になりつつある今、
なんにも具体化してなどいないのですが


こんな感じで
今年もようやく


とおるちゃんの命日を乗り切りました。


さとこは相変わらず根暗でひ弱な精神で
前向きに活発に生きている家族の足を引っ張っていることが心苦しく

居る以上は関わらないといけないから
なんとかフェードアウトして存在を消せないかと悩むけど


ぱにーニイが
もう関わってしまっているものはリセットなんかできないよって


こうやって
一年をただ乗り切っているだけの毎日でも
いつかとおるちゃん迎えに来てくれるかなあ
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[2017/10/25 00:55] | ・とおるちゃん命日とムヌチねーねーのお話 | page top
7回目の命日。 さとこは多分、第四次変革期に入っています。 
夕焼けがとてもきれいだった秋の日の夕暮に
とおるちゃんが姿を消して、

七年が過ぎました。


さとこ、未亡人歴7年。

ベテラン度に比例して、
ポンコツ度も相変わらず、日々加速中。


こんなワタシですが、
よろしくお願いいたします。



カーステで、とおるちゃんの歌声を大音響でかけながら、ベーベー泣く。

ふと、「声、若いなあ」と思う。


さとこが年をとったのですね。



とおるちゃんの『月命日』は、

毎月決まった日に、一緒においしいものを食べよう!っていう特別感をもつ、

言うなれば
日常の一部ですが、


『祥月命日』が近づくにつれ、

心にさざ波が立ち始めます。


とおるちゃんが、さとこを残して
自分だけ次のステップに進んでしまった日であり、


さとこの未来や目標が
消え去った瞬間ですから。





『さとこ第一次変革期。』


又の名を
『アドヒアランス(病気を理解して、治療を継続しようとする意志)ゼロ期』 とも。


死ぬ気満々で、
抗うつ薬を処方されても
飲む気なんか、更々無く、

お仕事辞めて、
残りの人生は、一分一秒でもとおるちゃんから目を離すまいと決めて、

同時に、身の回りの整理に懸命だったのに。





『さとこ第二次変革期。』
完全に燃え尽きていた時期。


オリオン座流星群が降り注ぐ日に
迎えに来てくれるよう、
毎日、とおるちゃんへのメールもお祈りも欠かさずに…


志、半ばにして
その三か年計画を断念し、

生き続ける意味を失って、


身が引きちぎれるような一秒一秒を乗り切るだけの毎日を、
たくさんのひとに迷惑をかけながら、
これからも繰り返すしかないのだと
諦めた時期。


カッティングしてみて
ぽたぽたと血が滴るのを見て、

良かった、時間は進んでいるんだと
実感を得ることで
僅かに安心する日々でした。





『さとこ第三次変革期』


この先、果てのない毎日、
自分のことは自分でしなくてはと、

真面目に服薬して
干からびた青菜状態で過ごす、

機動力ゼロの
抜け殻さとこ。


『さとこ-さとこ’(さとこハイフンさとこダッシュ)期』 として、

身体も心も
存在感無くフワフワと


気づくと知らないうちにどんどん時間が流れていて、
ウラシマタロウ状態。


新しいことはなにも始められない
ただ、時間の積み重ねでしたが。





7回目のとおるちゃんの命日をやり過ごした、
さとこのなま(今)は。


いろんな出会いや新しい出来事に対して、

対応力というか
抵抗力というか

踏ん張って受け止める強さが
できてきたんじゃないのかな。


頑張っていれば、
きっと命日に迎えに来てくれる。


今年こそ。

今年こそ。


1年に1回だけのそんな唯一の望みも、

身体とともに老化してきました。



「楽しい」と感じている自分に気づいても、罪悪感を持たなくなってきた。


ガラス瓶のするどい欠片でできたような
山ほどの後悔も、

風や雨に晒されて、
少しずつ角が丸くなった。


憂鬱の波が突然襲って来るけど
それは一時的なことで

滑らかな絹のように穏やかの状態のときだって
この先あるだろうって
見通しを想像できる。


呼吸が
自然体でできる。


疲労感が自分でわかる。


お腹が空いて
食べて美味しいと思う。

涙が出るほどに。



明日の朝が来なければいいと
あんなに毎日思っていたのに、

何時間も眠れていた自分に気づく。


こわいこと、
苦手なもの、

沢山増えた。



ある意味

とおるちゃんを見つめるだけで

外界の時間の流れと隔絶した世界に住んでいて

全くなにも感じなかったさとこの生活が、
自分主体になってきた、

そんなところなのでは。


小さい時から
苦手なものはいっぱいあったけど、
とおるちゃんに見損なわれたくなくて
なんでも積極的に関わろうとしていた。


カラ元気を止めて、

元の身長のさとこに
戻っただけのこと。


翌週や、来月の予定を入れる事にも、
気持ちが慣れてきました。


毎日がイッパイイッパイで、
とおるちゃんのことを最優先に考えられない日が増えていても

「今日は勘弁ね」って
軽く謝れる。



昨年、7回忌を終えてから、

何となく
はてるまの長男の嫁としてがんばらなくてはという気張りも
燃え尽きた。






今年の命日。


はてるま父母とお墓参りをし、

さとこが突発的になんかやらかさないように、見張りにやってきてくれたぱにーニィと
2台で連なって巣に戻り


夜、
オリオン座流星群が見られない代わりに

ぱにーニィと
半蔵さんと半蔵さんのカノジョちゃんと

プラネタリウムに行きました。


いちばん悲しい日のいちばんやりきれない時間を
7年前のあの病院の
隣の公園にあるプラネタリウムで


いちばん哀しい曲を聴いて過ごしました。



━ 星めぐりの歌 ━

   宮澤賢治全集 第六巻


あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の  つばさ
あをいめだまの 小いぬ、
ひかりのへびの とぐろ。

オリオンは高く うたひ
つゆとしもとを おとす、
アンドロメダの くもは
さかなのくちの かたち。

大ぐまのあしを きたに
五つのばした  ところ。
小熊のひたいの うへは
そらのめぐりの めあて。



『別れの悲しみは、必ずときが癒してくれます。
時は死んでいった愛する人の魂であるのかもしれません。』


この言葉を、

静かに

静かに

受け止められるようになってきました。
[2016/10/25 06:49] | ・とおるちゃん命日とムヌチねーねーのお話 | page top
GIFT。
法要は終わっても、ほんとうの命日は別。

オードブル注文しましたー


前日の午前中に、じーまーみー豆腐を作るつもりだったけど、気が滅入っていて作り損ねちゃった。

タピオカでんぷんが切れてるし。

葛粉とタピオカでんぷんを合わせた方がだんぜん美味しくできるってレシピに書いてあったけど、売ってないの。
今度見つけるまで我慢してね。


楽しみにしていたオリオン座流星群も雲で見えず、22日の夜半にも何度か出てみたけど、残念、見れませんでした。


わりと風があったのに、背中と肩がホカホカ暖かかったのは、とおるちゃんがホールドしてくれていたのかなあ

いつもそばにいてくれて、ありがとう。


半蔵さんのカノジョちゃんとぴよ子さんがお墓参りに来てくれたんだってね。
だから、うれしくて一緒について降りて、さとこのとこにも来てくれたんじゃないの?


そうそう、里の母が、きみの好きな三色団子をお供えしたくてお店を4件回って探したけど売ってないって、泣いて電話してきたよ(笑)。


今朝、お花買いに行ったお店で見つけたから、これは里の母からのお供えだからね!

とおるちゃん好物


今日は、端井は全員お仕事でお留守。

部落の運動会の日程が二転三転して、休みがとれなかったらしい。


オードブルは二つ買ったから、端井の人たちには、夜、ゆっくり食べてもらおうね。


端井義妹、今朝、仏間で久しく拝んでいたが、
「昨日からお兄がおらん。おかしい」
と首を傾げて帰っていったそうな。

直後、はてるま母に
「おったおった。うちの縁台でタバコ吸っとる」

そして、何もない空からハラリと一枚葉っぱが落ちてきて、
「これ、さとねえに渡して」
と持ってきてくれてあった。

はらりと… とおるちゃんからのプレゼント

やっぱ、きのう、半蔵さんカノジョちゃんとぴよ子さんと一緒だったのは間違いない様だ(笑)。


義父母と仏間でお食事。

義母が香茸ご飯を作ってくれた。

香茸ごはんと おどぶると

6年前の今日、内科の採血検査受けに行って、夕方、お腹が空いたまま死んじゃったんだから、たくさん食べてよね。


ぱにーニィが、さとこの運転を心配して、JRで上がってきてくれたので、四人で一緒にお墓参りができた。


はてるま母 「ぴよ子さんたちも、うちに寄ってってくれたらよかったになあ。
昨日は雨が降りそうだったから、畑に出ずにずっとテレビ観とったのに。」


はてるま父の激しい脇腹痛は再開していて、また転げ回る日々に戻った。


常に、不自然に捻った形で身体を固定してるから、筋肉がつってんじゃないかと思う。
食べている間も、脇腹から左手を離さないもん。


気が紛れて忘れてるときや発作中は、自然体で両手を使ってるんだから、好きなことをどんどん実行に移したら、良くなるはずなんだけどなあ。

ぱにーニィが車を運転せずに、わざわざ列車でやってきてくれたのは、交通の便がいいから車がなくても困らないことをアピールする為もあったんだけど。


義父 「ザ・グレン・ミラーオーケストラが来るだ。
誘われたけど、相手が都合悪くなってな。
行きたいけどな。」

さとこ 「チケットとれたら、さとこと行く?」

義父母 「こげに痛けりゃ、大騒ぎして迷惑になるから駄目だ駄目だ」


どーするかなー、とおるちゃん。


ぱにーニィに乗せてもらっての帰り道。

喋り疲れたのでモーズンとワイパックスを飲んだら、巣に向かう途中ですでに爆睡していた。

いつもあんなに効かない気休めのおクスリなのに、着いたのも知らず車内で二時間寝、更に、記憶がないまま巣に上がって倒れ込み、深夜まで泥眠。


ぱにーニィが何度か様子を見にきてくれたらしいが、それも覚えてない。


いちばん悲しい日のいちばんやりきれない時間を、あっけなくスルーしたことになる。

さとこの大事な人たちととおるちゃんが共同で、プレゼントしてくれたのかも。


いつも読ませていただいているフェアリーグランマさんの『おばあちゃんのひとりごと』っていうblogに

「別れの悲しみは、必ずときが癒してくれます。
時は死んでいった愛する人の魂であるのかもしれません。」

と記してあったのを思い出し、心に溶ける言葉に出会った気がしました。


床にごろ寝、かなり寒くなってきたから、今夜はとうとう電気アンカを出しました。


明日を生きる準備の手始めに。
[2015/10/25 07:49] | ・とおるちゃん命日とムヌチねーねーのお話 | page top
と、とおるちゃん!きみの七回忌なんだから、主役は内陣でしょ。
とおるちゃんの七回忌法要が終わりました。

うちひしがれたさとこが、ちっちゃい字でブツブツと文句を並べたのを読んでくださったみなさま、たくさんの暖かい心で受け止めてくださってありがとうございまいした。
さとこ、反省しきりでございます。

ごめんなさい。ありがとう。みなさん、大好きです。


こっから長いから、流し読みしてくださいね。


七回忌が一区切りな気がしているさとこ。
とにかくこの日を乗り切れば楽になるかも。


ほんとは、お盆もお彼岸も大嫌い。

はてるまに帰るのも憂鬱でやりきれない。


巣にいるときは、ただ、とおるちゃんの生身の姿が見えないだけで、一緒にいる気分になっていられるけど、

はてるまに帰れば、いまだに

「死んだ長男の嫁です」
「あらまあ、ほんとにねえ、お辛いことで」


年中行事の度に、家族と会うたびに、人と出会うたびに
とおるちゃんは故人で、さとこは寡婦であることを、目の前に突き付けられる。


死んじゃったからって、なんだよ!
いいことだってあるわよ!


もともと地元には縁がない、沖縄の風習を拝借して、『とおるちゃんが死んだのを利用して、じゅーるくにちーごっこやしーみーごっこで一緒に楽しもうぜ!企画』をする。

とおるちゃん、みんなで騒ぐの大好きだから、きっとうれしいにちがいないと思って。


そんなわけだから、和尚さんと『七回忌法要』の日取りを相談して以来、常にその話題が付きまとい、目が覚めたと同時にウツウツ。


機会があるたびに「10月10日10時。覚えやすいでしょ」と何回も言っていたつもりだけど、前の週になって、義父受診同行の最中に、里の母から電話。

「とおるさんの法要いつだ?うちは何一つ知らされてないけど、まさか、お兄ちゃんにも言ってないなんてことはないでしょうね」


まさか、そんなはずは。
そうなのかな…。ど、どうしよう。
案内文、間に合わない。
今更どうすれば。

…法要って、いつだったっけ。


頭が真っ白。
不安で動けない。
焦りでじっとしていられない。

その繰り返し。


お正月以降、「親戚を呼ばす、身内だけでこじんまり行おうね」と話していた。

とは言っても、最小人数で14名。

「3つ以上は沢山と同じだから数えられませーん」なさとこにとっては、14名も100名もたいした違いはないんですけど。


前日は買い出しでした。

はてるま母がバスで街まで降りて来てくれて、バス停で合流する。


あちこちのお店を回り、お土産やお供え、おもてなし食材などを吟味します。


金曜日午前中だというのに、どこもスゴい人出なのは、三連休前だからかなあ


いろいろ買い揃え、はてるまに帰ったのが15時前。

お墓や仏前を整え、夕食膳の準備。


今夜到着する従兄弟のためですが、時間にキッチリしている義父は、お客さま到着まで待てないから、先に独りで晩御飯を食べてもらいます。


とおるちゃんの従兄弟が到着したのは19時。
端井を誘ってみんなで晩御飯食べて、
さとこが巣にたどり着いたのは、22時近くでございました。


カフェイン製剤のせいで全身がワジワジして横になれず、絶叫しながらのたくる。
寂しくてとおるちゃんを呼ぶ。


こりゃ、朝まで起きているしかないな。

起き上がってパソコンでも開いてみるか。


Yahoo!ニュース一番目のイエメンの結婚式場連続誤爆のニュースでトドメがささった。


とにかく今日さえ乗り切れば。
どうか、無事に1日終われますように。


里の母を連れて上がるため、朝の接待ははてるま母に一任。

義母が忙しいと義父の発作が心配だけど、どうにもできない。


里の母も、なんと、自分の運転で巣まで来ると言う。

だいぶん押し問答して困憊したので、もうどうにでもなれ。


里の母は無事到着し、さとことふたりでお寺に向かう。


出発まもなく、
なに?この渋滞。


中学校横の役場の交差点での事故が原因だった。


沢山のパトカーの赤灯と交通整理。

フロント全面に壊滅的ダメージを受けたトラックが、クレーン車に吊り上げられている。

壊れた信号機。


中学校グラウンドでは、サッカーの試合。
盛んにホイッスルの音が鳴り渡る。


ひゅうー。
さとこ、駄目かも。


気が遠くなるので、カフェイン製剤追加投与。


胃痛と吐き気で横になりたいけど、今は我慢。

日本人は気力だけで戦争にも勝てるつもりだった。
こんなことはなんでもない。
今日1日、乗り切ろう!


道の駅でトイレ休憩し、軽く吐く。
ふらついて、戸棚でおでこを強打したらまた吐いた。


高速道路出口と合流する交差点で、京都から帰ってきてくれた兄夫婦とタイミングよく合流し、連なって走った。


無事にお寺に到着。


義母、この間まで「気軽な恰好にしような」と言ってくれてたけど、前日に「やっぱり家族は黒で迎えよう」って話になり、ほぼ全員がかっちり喪服。


心構えはしたつもりだけど、実際に目で見るのは全く違う。

『お寺に喪服がある光景』は、よわっちいさとこには厳しすぎる。


フラッシュバック。
足がすくむ。


さっき通ってきた事故現場には、目に焼き付いたバイクの機械油と滑り止めの砂がちらばっていた。


砂利を踏み、境内に足を踏み入れる。
6年前、この場所で告別式をしてもらった。


黒い服の波。
ズラリと並んだ花。

固く組み合わせたとおるちゃんの手。


再現フィルムが流れているみたいだ。

不安や哀しみや恐怖がせめぎあいながらのしかかり、さとこパニック。


早く本堂に上がって、御挨拶をして、みんなを案内しなくては。


義母も義父もまだ到着してない。
次々に話しかけられるけど、目が合わせられない。

急がなきゃ。
足が動かない。


居り場がない恐怖
声が出ない恐怖


端井妹が深呼吸させてくれた。
固まった関節をほどく。


お供えの準備ができた。


和尚さんがさとこを呼ぶ。

な、内陣に入っていいんですか。


結界の奥に入り込むことに対する畏怖の念で、立っているのがやっと。


和尚さんのご指示で、御本尊ととおるちゃんの位牌に向けて飾られたお花を、180度回して正面に向ける。
「廻向というんですよ。きれいな花を、まずとおるさんに見てもらって、そのあと、正面に向けて、美しいものを分け与えてもらうんですな。」


和尚さん、さとこには畏れ多すぎて、ぜんぜん過呼吸が収まらないんっすけど。


般若波羅蜜多心経、十方三世一切仏を唱える。

倒れそう。


続いて修証義に入り、ふと、右隣にいるとおるちゃんに気付いた。

肩にくっついてくれている。

とたんに力が抜けて楽になった。


右側隣席の端井妹を見ると、笑顔でウンウンと頷く。


義妹とさとこの間に、とおるちゃんが居てくれているのは間違いないみたいだけど。
きみ、拝んでいただく立場なのに、外陣に居ていいの?


以前は、はてるまの仏間や巣で寝てるときに時々様子を見に来てくれていた気配はあったけど、ここんとこ、1年以上もなかったから、さとこ、もう捨てられちゃったかと思ってたよ。


わーい。久しぶりだー。
…暑っうー(笑)


みんな寒さに震えている中、義妹とさとこだけが、汗だく。

でも、ありがとう。


嬉しいのと、もしかして、最後かもと思う不安で、涙が止まらない。


法要とお説法が終わり、再度お茶を頂戴する。


和尚さんから「世の中の悲しみを全部背負ったような顔をせず、シッカリしなさい!」と喝を入れられた。


さとこ、全然そんなこと考えてなかった。
全く逆で、つらいことで溢れているのが苦しかった。


和尚さん、まさにそれです!
さとこに悲しみを一括して引き受ける能力が持てれば、どんなにか、生きる甲斐があるでしょうか。

大好きな手



[2015/10/16 18:34] | ・とおるちゃん命日とムヌチねーねーのお話 | page top
ちょうど5年経ちました。
気づいたら22時半。


ちょうどオリオン座がのぼる。
真上にアンドロメダ。
おうし座のアルデバランがひときわ赤い。


しばらく眺めて居たけど、駐車場の車の出入りが多く、流れ星を見つける前に室内に戻った。


はてるまから帰ってから、いままで爆睡してたみたい。


昨日から情緒不安定なさとこ。
公民館のカラオケ教室でも泣き通し(失笑)


先生が、気遣って下さり、先週お休みだった二人に集中的にいつもと違う曲を唄わせてあげたり、全員で呼吸法や、母音の発声方法を全員で行う、などの時間に切り替えて下さって、なんとか乗り切った。


先輩方が12月の忘年会の計画もしてくださり、町内のカラオケスナックに決定。
会計係のさとこは予約と支払いをするだけであります。

一安心。


今日は、とおるちゃんの命日。

仏壇もお墓も、はてるま母が張り切ってお掃除してくれていて、本膳には、この季節には珍しく、採れたてのタラの芽の天ぷらもあった。
5年目の本膳

はてるまへの帰り道のスーパーで予約していたお寿司とオードブルを受け取り、お供えのお菓子やパン・ジュース、昼ごはんに不在の端井用のオードブル補充分おかずも購入。


ちょうどお昼になったから、義母の愛情おかずも並べて家族揃って豪勢に宴会です。
さ、とおる、いただこうで ムラサキノメのお澄まし

義父がすごく沢山食べてくれてウレシイ。


このごろ、天候が不順だから、義父の様子もイマイチ。

台風の日には、掃除機を使ったあと、発作の合図の「チッチッチッ」という舌打ちが始まり、珍しく長く続いたらしい。

コードの収め方が分からなくて、コンセントを引き抜いたりコードを引っ張ったりを暫く続け、義母の説明も理解できていない様子だったそうな。


行動が止まらないままの発作は初めて。
お風呂をユニットバスに換えないと、いよいよ風呂炊きが危険になってきたかな。


区長をしている、とおるちゃんの幼なじみがしばしば訪ねて来てくれるのはありがたいけど、その都度、義父に体調を聞いてくれるので、義父は自分が具合が悪いと思い込み、必ず寝込んでしまう。


うちの部落、避けている話題や終わったことを掘り起こして、大きな話題にする傾向が強い、不思議な場所。


さとこが知らなかっただけで、田舎はどこもそうなのかな。

古くからのしきたりも極端に多く残っていて、新しい人が住み始めると、部落全体で一生懸命教え込む。
部落の寄り合いやうわさ話に参加できないさとこ、はてるま母はかばうのがさぞや大変なことだろう。


去年の命日、さとこはお墓参り直後に硬直したらしい。
2階の部屋でうめいているのを義母が発見し、タイミング良く、お墓参りがてら様子を見に来てくれたぱにーニィの運転で帰った。
  ↑
と、義母とぱにーニィが言っていた。

さとこ、全く記憶に無し。


てなわけで、今年もぱにーニィが様子の確認に来てくれたので、2台連なって一緒に降りる。


来年は七年忌。


はてるま母は、「もう六年なんだから、さとも、自分の事を考えて人生を楽しみなさい」って言うけれど、心配事を忘れて楽しむって、けっこうむずかしいへん?

ま、とおるちゃんがグソーとこちらを自在に行き来している限りは、さとこも生かされているしかないようなんで。


これはこれで、夫婦のあり方のひとつかなって気がしてくる、さとこでありました。


[2014/10/25 00:05] | ・とおるちゃん命日とムヌチねーねーのお話 | page top
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